この寺について
新義真言宗の総本山。山号は一乗山、院号は大伝法院。本尊は大日如来・金剛薩埵(こんごうさった)・尊勝仏頂(そんしょうぶっちょう)の三尊。開山は覚鑁(かくばん)上人で、保延6年(1140年)にこの地に入った。正応元年(1288年)、頼瑜(らいゆ)僧正が大伝法院を高野山からこの地に移し、新義真言宗の教学拠点として発展した。国宝の大塔(多宝塔)は室町時代後期の建築で、現存する多宝塔として日本最大規模を誇る。
歴史・由来
根来寺の歴史を語る鍵は、ひとつの寺が二段階で成立したことにある。
平安時代末、真言密教の復興を志した覚鑁(かくばん)上人は、高野山に大伝法院・密厳院を建てて教学の刷新に努めたが、旧来の勢力との対立から保延6年(1140年)に高野山を離れ、この根来の地に移った。上人は堂舎を整えたものの、康治2年(1143年)にこの地で入滅した。
その後約150年を経た正応元年(1288年)、頼瑜(らいゆ)僧正が大伝法院を正式に高野山から根来へ移し、教学の拠点をこの地に定めた。頼瑜の学風は後進に受け継がれ「新義教学」として発展し、根来寺は新義真言宗の総本山として栄えた。室町時代には坊舎が450を数えるほどの一大宗教都市となり、大塔をはじめとする壮大な堂塔が整えられた。
天正13年(1585年)、豊臣秀吉による紀州攻めで山内は焼き討ちに遭い、多くの堂舎を失った。しかし国宝の大塔と大師堂は、この兵火を免れて焼け残った。江戸時代に入ると紀州徳川家の庇護のもとで復興が進み、大伝法堂・光明真言殿・不動堂・行者堂・大門・聖天堂など現在に伝わる堂舎の多くはこの時期に整えられたものである。
見どころ・特徴
【大塔(国宝)】文明12年(1480年)に着手し、天文16年(1547年)に完成するまで67年を要した多宝塔。現存する多宝塔として日本最大の規模を誇り、豊臣秀吉の焼き討ちを免れた数少ない建物のひとつ。昭和27年(1952年)に国宝指定。
【大師堂(重要文化財)】大塔とともに焼き討ちを免れた建物で、舟肘木(ふなひじき)の形式などに室町時代中期の特色が見られる。昭和16年(1941年)に重要文化財指定。
【大伝法堂・光明真言殿・不動堂・行者堂・大門・聖天堂(重要文化財)】いずれも江戸時代の復興を伝える建物群で、令和元年(2019年)に6棟まとめて重要文化財に指定された。
【三尊像(重要文化財)】大伝法堂に伝わる木造大日如来坐像・金剛薩埵坐像・尊勝仏頂坐像。いずれも室町時代の作とされ、令和6年(2024年)に重要文化財に指定された。
【根来寺庭園(名勝)】奥書院の周囲と聖天堂前の聖天池からなる庭園。奥書院と表書院は文化6年(1809年)に紀州徳川家の吹上御殿を移築したもので、これに合わせて作庭された。昭和33年(1958年)に国の名勝に指定された。
【桜・紅葉】春は桜、秋は紅葉の名所として知られ、広い境内を巡りながら四季の景色を楽しめる。
学び・特徴
主祭神
大日如来金剛薩埵尊勝仏頂
社格
新義真言宗 総本山
創建
正応元年(1288年)、頼瑜僧正による移転をもって根来寺の成立とする(開山の覚鑁上人が根来に入ったのは保延6年〔1140年〕)
ご利益
厄除け家内安全
テーマ
桜紅葉
この場所を巡る軸
霊場・巡礼
基本情報
住所
和歌山県岩出市根来2286
参拝時間
拝観時間は季節によって異なる。夏期(4月から10月)は9時10分から16時30分まで、冬期(11月から3月)は9時10分から16時まで。拝観料は大人(中学生以上)500円、小学生以下は無料。例年10月下旬は法要のため、大師堂・大塔・大伝法堂を拝観できない場合がある。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
JR和歌山線「岩出」駅からバスで約10分から20分、「根来寺」バス停下車すぐ。JR阪和線「和泉砂川」駅や南海本線「樽井」駅からのバスも利用できる。車の場合、阪和自動車道「泉南」インターチェンジから約11分、京奈和自動車道「岩出根来」インターチェンジから約20分。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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