TabiShiri
寺 御朱印 加古川市

鶴林寺

かくりんじ

この寺について
天台宗の寺院。崇峻天皇2年(589)、聖徳太子が高麗の僧・恵便(えべん)を慕い、この地に一宇を建てさせたのが始まりと伝わる。天永3年(1112)、鳥羽天皇の勅願所となったのを機に「鶴林寺」と改称した。本堂・太子堂はいずれも国宝で、兵庫県内で国宝建築を二棟持つのはこの寺だけ。聖徳太子ゆかりの古刹として「播磨の法隆寺」とも称される。

歴史・由来

鶴林寺を理解する鍵は、聖徳太子と高麗僧・恵便(えべん)の出会いにある。 寺伝によれば、崇峻天皇2年(589)、物部守屋(もののべのもりや)の迫害を逃れて播磨に身を寄せていた高麗の僧・恵便を慕った聖徳太子が、秦河勝(はたのかわかつ)に命じてこの地に一宇を建てさせたのが始まりという。当初は「四天王寺聖霊院」と称した。推古天皇14年(606)には、聖徳太子がこの地で法華経を講じ、天皇から播磨国の水田百町を賜ったと伝わる。 天永3年(1112)、鳥羽天皇の勅願所と定められたのを機に、寺号を「鶴林寺」と改めた。天台宗の寺院で、山号は刀田山(とたさん)。 本堂・太子堂はいずれも国宝で、兵庫県内で国宝建築を二棟持つのはこの寺だけ。中でも太子堂は寺号改称と同じ天永3年(1112)の建立で、兵庫県内に現存する最古の建築とされる。聖徳太子を祀るゆかりの堂として、平安建築の傑作に数えられる。 聖徳太子ゆかりの古寺として「播磨の法隆寺」とも称され、中世以降、播磨を代表する大寺院として栄えた。

見どころ・特徴

【国宝の太子堂と本堂】太子堂は天永3年(1112)建立の国宝で、兵庫県内に現存する最古の建築とされる。本堂は応永4年(1397)再建の国宝。兵庫県内で国宝建築を二棟持つのは鶴林寺だけ。 【重要文化財の常行堂ほか】常行堂(じょうぎょうどう、平安時代)、鐘楼(応永14年)、行者堂(応永13年)、護摩堂(永禄6年)はいずれも重要文化財。三重塔(室町時代)は兵庫県指定文化財。 【宝物館とあいたた観音】宝物館には聖徳太子ゆかりの品や、平安・鎌倉期の仏像群を多数所蔵。中でも銅造聖観音立像は「あいたた観音」の愛称で知られる。盗賊が金でできていると思い込んで鎚で叩いたところ観音が「あいたた」と声を上げ、驚いた盗賊が改心して観音を返したという伝説があり、別に「愛太子観音」が転じた名という説もある。 【聖徳太子ゆかりの古寺】「播磨の法隆寺」とも呼ばれ、境内には聖徳太子を慕った高麗僧・恵便(えべん)ゆかりの伝承も残る。
年中行事・お祭り
【修正会(しゅしょうえ)・鬼追い】毎年1月8日。平安時代から続くと伝わる正月の伝統行事。鬼追いの由来を伝える謡曲奉納、罪や過ちを悔い改める悔過法要(けかほうよう)に続き、赤鬼・青鬼が参詣者の間を暴れまわり、最後は仏の力によって改心し、良い鬼となって人々の厄を払うとされる。 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
主祭神
薬師如来(やくしにょらい)
社格
天台宗(てんだいしゅう)。山号は刀田山(とたさん)。新西国三十三箇所第27番、西国四十九薬師霊場第22番、聖徳太子霊跡第27番、関西花の寺二十五霊場第9番の札所。
創建
崇峻天皇2年(589)、聖徳太子が高麗の僧・恵便のために建てさせたのが始まりと伝わる(寺伝)。当初の寺号は「四天王寺聖霊院」。天永3年(1112)、鳥羽天皇の勅願所となり「鶴林寺」に改称した。
ご利益
厄除け健康・病気平癒
テーマ
パワースポット
この場所を巡る軸
基本情報
住所
兵庫県加古川市加古川町北在家424
参拝時間
拝観時間は9時から16時30分まで(閉門17時)。年中無休。拝観料は、境内(入山料)が大人・中学生以上500円(小学生以下無料)、宝物館が大人・中学生以上500円(小学生無料、中学生は学生証等提示で無料)、入山料と宝物館の共通券は800円(加古川市民は提示で700円)。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
JR山陽本線「加古川」駅から、かこバス(別府ルート)で「鶴林寺」下車、または徒歩約15分。山陽電鉄「尾上の松」駅からも徒歩約15分。車の場合、加古川バイパス「加古川ランプ」から約10分、山陽自動車道「三木小野インター」から約30分。仁王門へ向かう参道入口に乗用車約30台収容の駐車場(大型バス可)がある。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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