TabiShiri
寺 御朱印 京都市左京区

銀閣寺

ぎんかくじ

別名:慈照寺(じしょうじ)

この寺について
室町幕府8代将軍・足利義政(あしかがよしまさ)が造営を始めた山荘・東山殿(ひがしやまどの)を起源とする、臨済宗相国寺派(りんざいしゅうしょうこくじは)の寺院です。正式な名前は慈照寺(じしょうじ)で、観音殿(かんのんでん)の通称「銀閣」と、白砂を盛った銀沙灘(ぎんしゃだん)で知られています。1994年(平成6年)には「古都京都の文化財」の一つとして世界遺産に登録されました。

歴史・由来

この寺を理解する鍵は、「将軍を退いた義政が静かな隠居の場として築いた山荘が、そのまま寺になった」という成り立ちにあります。 【山荘の造営】 この地には、もとは浄土寺(じょうどじ)という寺がありましたが、山荘の造営にあたって移されました。応仁の乱(1467〜77年)がおさまった1482年(文明14年)、義政は東山殿の造営を始めます。祖父・足利義満(あしかがよしみつ)の北山殿にならった山荘でした。 【銀閣の完成と義政の死】 山荘の建物は次々と建てられ、観音殿(銀閣)は1489年に上棟(じょうとう)しました。しかし義政は、翌1490年(延徳2年)に亡くなり、完成した姿を見届けられなかったと伝わります。 【寺へ】 義政の遺言により、東山殿は禅寺に改められました。義政の法号(ほうごう)「慈照院」にちなんで、「慈照寺」と名付けられます。開山(かいさん)には夢窓疎石(むそうそせき)を迎えたとされます。 【銀閣という呼び名】 「銀閣寺」という通称は、金閣寺と対比して江戸時代に広まったとされます。観音殿に銀箔が貼られた形跡はないという見方もあります。 【世界遺産へ】 1994年(平成6年)、「古都京都の文化財」の構成資産として世界遺産に登録されました。

見どころ・特徴

【銀閣(観音殿)】 二層の楼閣で、国宝に指定されています。一層は住まいのような書院造(しょいんづくり)風、二層は禅宗の仏殿にならった造りです。派手さを抑えた落ち着いた姿が魅力です。内部は通常は公開されていません。 【東求堂(とうぐどう)と同仁斎(どうじんさい)】 1486年に建てられた義政の持仏堂(じぶつどう)で、国宝です。北東にある四畳半の小部屋「同仁斎」は、書院造の源流、四畳半茶室の原型ともいわれます。内部は通常は公開されておらず、特別に公開される時期があります。 【銀沙灘(ぎんしゃだん)と向月台(こうげつだい)】 白砂を波の模様に整えたものが銀沙灘、円錐(えんすい)の形に盛ったものが向月台です。月の光を反射させるためだったとも、月を眺めるための台だったともいわれます。江戸時代以降に整えられたとされます。 【錦鏡池(きんきょうち)と庭園】 錦鏡池を中心にした池泉回遊式(ちせんかいゆうしき)の庭園で、特別名勝・特別史跡に指定されています。西芳寺(さいほうじ、苔寺)を手本にしたと伝えられ、苔に覆われた景色が広がります。 【展望所】 境内の散策路を登ると展望所があり、境内全体と京都の市街を見渡せます。 【哲学の道】 銀閣寺から南禅寺へ続く、琵琶湖疏水(びわこそすい)沿いの散策路です。哲学者の西田幾多郎(にしだきたろう)が思索にふけりながら歩いたことから、この名がついたとされます。
学び・特徴
宗派・寺格
臨済宗相国寺派の寺院/国宝(観音殿・東求堂)/庭園は特別名勝・特別史跡/古都京都の文化財(世界遺産)
創建
1482年(文明14年)に足利義政が東山殿の造営を開始。1490年(延徳2年)の義政の没後、遺言により禅寺となる
テーマ
世界遺産国宝庭園将軍ゆかり
基本情報
住所
京都府京都市左京区銀閣寺町2
参拝時間
3月1日から11月30日は8時30分から17時、12月1日から2月末日は9時から16時30分です。特別拝観などで変わる場合があります。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
京都駅から市バス5系統・17系統などで「銀閣寺道」バス停下車、徒歩約8分です。「銀閣寺前」バス停からは徒歩約4分です。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

記録を確認中...