この寺について
文明14年(1482)足利義政が造営した東山山荘を、義政没後に禅寺とした臨済宗相国寺派の塔頭寺院。観音殿「銀閣」と銀沙灘で知られる。世界文化遺産。
歴史・由来
正式名「慈照寺(じしょうじ)」。室町幕府8代将軍・足利義政が、文明14年(1482)から東山に造営した東山殿(ひがしやまどの)を、義政の死後、禅寺に改めたのが起源。
義政は、応仁の乱(1467-77)の最中も将軍として在位し続けた、しかし政治的には無力だった人物。乱で京都が焼け野原になる中、義政は政治を顧みず、東山の地に新たな山荘の建設に没頭した。これが東山殿、すなわち後の銀閣寺。
文化的には、義政の東山殿は「東山文化」の発信地となった。能・茶の湯・連歌・水墨画・池坊いけばな・書院造の建築・枯山水庭園など、現代に続く「日本文化」の多くが、ここで成熟した。日本の伝統文化の源流は、義政の現実逃避にこそあった。
延徳2年(1490)、義政が没した後、子・義熙(よしひろ)の代に禅寺となり、義政の法名「慈照院」にちなみ「慈照寺」と名付けられた。
「銀閣」と呼ばれる二層の楼閣は、義政が金閣に倣って計画したが、銀箔は最初から貼られなかった。応仁の乱後の財政難で「銀箔を貼る予算がなかった」とも、「銀箔は最初から計画されなかった」とも諸説あるが、結果として「銀」の名がつく理由は明確ではないまま、後世「銀閣」の名で親しまれている。
平成6年(1994)、「古都京都の文化財」の構成資産として、世界文化遺産に登録。
見どころ・特徴
京都市バス「銀閣寺道」「銀閣寺前」下車徒歩約10分、「銀閣寺道」電停。
「銀閣(観音殿)」は、二層の楼閣。金閣のような華麗さはないが、簡素で枯淡な美しさが、まさに「侘び・寂び」の出発点。
「銀沙灘(ぎんしゃだん)」「向月台(こうげつだい)」は、白砂を高く盛り上げた独特の意匠。月光を反射して銀閣を照らす演出だったとも、波紋を表現したものとも諸説ある。世界の禅庭の中でも、この白砂のオブジェは類を見ない独創的なデザイン。
「東求堂(とうぐどう)」は、義政が日常を過ごした書院造の建物。国宝。中に「同仁斎(どうじんさい)」と呼ばれる四畳半の小部屋があり、これが日本最古の書院造の和室で、現代日本の「和室」の原型。
「銀閣寺垣」は、銀閣寺独特の意匠の竹垣。約50mに渡って参道を縁取る、京都を代表する垣根。
庭園は、義政自身が指図して作庭した池泉回遊式・枯山水の融合。山の斜面を生かした立体的な構成で、室町期の庭園美の最高峰。
「哲学の道」は、銀閣寺から南禅寺へ続く約2kmの散策路。哲学者・西田幾多郎が思索しながら歩いたことで有名。桜・新緑・紅葉と四季が美しい。
参拝後は、哲学の道→南禅寺→永観堂と組み合わせて巡るのが、東山観光の定番コース。
基本情報
住所
京都府京都市左京区銀閣寺町2
参拝時間
8:30〜17:00(12〜2月は9:00〜16:30)
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
市バス「銀閣寺道」下車徒歩10分
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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