この寺について
歴史・由来
正式名「鹿苑寺(ろくおんじ)」。室町幕府3代将軍・足利義満が応永4年(1397)に造営した北山殿(きたやまどの)を、義満の死後、子・義持が禅寺に改めたのが起源。
北山殿は、義満が引退後の隠居所として造営した壮大な山荘。当時の絶頂期にあった足利氏の権勢を象徴する、金箔を多用した華麗な建築群が立ち並んだ。応永15年(1408)、義満が没した後、遺命により禅寺となり、義満の法名「鹿苑院殿」にちなみ「鹿苑寺」と名付けられた。
「金閣」と呼ばれる三層の楼閣は、義満が中国・宋の建築様式を取り入れた独創的なデザイン。一層は寝殿造(平安貴族風)、二層は武家造(武家風)、三層は禅宗仏堂風と、3つの時代の様式を1つの建物に積み重ねた、文化史的にも貴重な建築。
応仁の乱(1467-77)で他の堂宇は焼失したが、金閣は奇跡的に残った。江戸期を通じて、京都名所として愛され続けた。
昭和25年(1950)7月2日未明、青年僧の放火で金閣全焼。この衝撃的事件は、三島由紀夫『金閣寺』(1956)、水上勉『金閣炎上』(1979)など、近代日本文学の重要なテーマとなった。
昭和30年(1955)、約5年で再建。さらに昭和62年(1987)、金箔の張り替え大修理が完了し、現在の眩い姿が完成。
平成6年(1994)、「古都京都の文化財」の構成資産として、世界文化遺産に登録。
見どころ・特徴
京都市バス「金閣寺道」「金閣寺前」下車すぐ。
最大の見どころは、何といっても「金閣(舎利殿)」。鏡湖池(きょうこち)の畔に建つ三層の楼閣は、二層・三層に貼られた金箔(約20kg、約2万枚)が太陽光に輝く、息を呑む美しさ。
「鏡湖池に映る逆さ金閣」は、京都を代表する絶景写真。風のない晴れた日、水面に金閣が完璧に映る瞬間は、まさに「極楽浄土」の景観。
足利義満の時代の池泉回遊式庭園は、池の中に9つの島、岩、石、橋を巧みに配した、室町期の最高峰の作庭。屋根の上に鎮座する「鳳凰」のオブジェも見逃せない。
「銀河泉(ぎんがせん)」「巌下水(がんかすい)」は、義満が茶の湯に用いたとされる名水。
「金閣寺垣」は、金閣寺独特の意匠の竹垣。竹を斜めに編んだ独特のデザインで、後の日本庭園に広く影響を与えた。
参拝券は「お札」になっている独特の形式。「招福除災」の御利益とされ、家に持ち帰って飾る参拝者が多い。
春の桜、初夏の青もみじ、秋の紅葉、冬の雪化粧の金閣と、四季の表情が魅力。特に「雪の金閣」は、年に数回しか見られない絶景として、京都人の憧れ。
参拝後は、龍安寺・仁和寺(衣笠の山三閣)と組み合わせて巡るのが、北山観光の定番コース。
基本情報
住所
京都府京都市北区金閣寺町1
参拝時間
9:00〜17:00
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
市バス「金閣寺道」下車徒歩3分
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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