この寺について
神奈川県鎌倉市の北鎌倉にある、臨済宗円覚寺派(りんざいしゅうえんがくじは)の寺院です。弘安8年(1285)、北条時宗(ほうじょうときむね)の妻・覚山志道尼(かくざんしどうに)が開きました。江戸時代までの約600年、つらい結婚から逃れたい女性が駆け込む「縁切寺(えんきりでら)」として知られ、「駆込寺(かけこみでら)」とも呼ばれました。梅や花菖蒲(はなしょうぶ)など、四季の花も楽しめます。
歴史・由来
この寺を知る鍵は、「女性が自分から縁を切れる場所だったこと」と、「その寺が明治に禅の学びの場へ生まれ変わったこと」です。
【創建】
弘安8年(1285)、北条時宗の妻・覚山志道尼が開きました。覚山尼は安達義景(あだちよしかげ)の娘で、夫の時宗が亡くなった1284年に、夫婦そろって出家したと伝わります。
【縁切寺法】
女性から離婚を申し出ることができなかった時代に、この寺へ駆け込んで修行をすれば、離縁ができるというきまりがありました。修行は足かけ3年(満24か月)です。1700年ごろからは、離縁状をもらうことも必要になりました。江戸時代には幕府の寺社奉行(じしゃぶぎょう)も認める縁切寺として知られ、この役目は明治まで約600年続いたと公式サイトは伝えています。
【天秀尼】
豊臣秀頼(とよとみひでより)の娘は、千姫(せんひめ)の養女となって命を助けられ、東慶寺に入りました。のちに20世住持の天秀尼(てんしゅうに)となり、寺は大いに栄えたと伝わります。
【明治の転機】
明治4年(1871)、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の影響で縁切寺法は廃止されました。明治35年(1902)には尼寺の歴史が終わり、のちに円覚寺派の釈宗演(しゃくそうえん)が入って、荒れた寺を復興しました。禅を世界に広めた鈴木大拙(すずきだいせつ)も、その門下の一人です。
見どころ・特徴
【小さな山門】かつては鎌倉街道ぞいに総門もありましたが、今は大人二人が通れるほどの小さな山門が残ります。くぐると、谷戸(やと)とよばれる鎌倉ならではの地形に境内が広がります。
【本堂】昭和10年(1935)に建てられ、本尊の釈迦如来坐像(しゃかにょらいざぞう)を祀ります。
【松岡宝蔵(まつおかほうぞう)】東慶寺に伝わる寺宝を展示する宝物館で、昭和53年に方丈(ほうじょう)の跡へ新築されました。
【文化財の仏像】木造聖観音立像(しょうかんのんりゅうぞう)は国の重要文化財で、鎌倉時代の作です。木造彩色水月観音坐像(すいげつかんのんざぞう)は神奈川県の指定文化財で、毎月18日の観音縁日(かんのんえんにち)にだけご開帳されます。
【四季の花】初春の梅、6月の花菖蒲やイワガラミなど、一年を通して花が咲きます。
【墓苑】釈宗演(しゃくそうえん)を慕った各界の著名な人びとの墓があります。鈴木大拙、小林秀雄、安倍能成(あべよししげ)、岩波茂雄(いわなみしげお)などが知られます。
年中行事・お祭り
学び・特徴
本尊
釈迦如来
宗派・寺格
臨済宗円覚寺派の寺院。山号は松岡山。
創建
弘安8年(1285)、北条時宗の妻・覚山志道尼(かくざんしどうに)が開山。
この場所を巡る軸
基本情報
住所
神奈川県鎌倉市山ノ内1367
参拝時間
9時から16時まで。宝物館は第1・第3火曜日が休館です。拝観料は令和2年(2020)7月に廃止されました。かならず本尊に参拝し、お賽銭をお供えください。雨の日などに臨時で閉門する場合があります。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
JR横須賀線の北鎌倉駅から徒歩で約4分。
公式サイト
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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