この寺について
文治4年(1188)創建、足利義兼開基。臨済宗建長寺派の寺院で鎌倉五山第五位。境内に石窯ガーデンテラスがある。
歴史・由来
鎌倉五山第五位に列せられる、臨済宗建長寺派の禅刹。文治4年(1188)、源頼朝の重臣・足利義兼(よしかね)が、退耕行勇(たいこうぎょうゆう)を開山に迎えて創建した、もとは密教系(真言宗)の寺院「極楽寺」だった。
開基となった足利義兼は、源頼朝の従兄弟にあたり、北条政子の妹・時子を妻に迎えた、室町幕府将軍家・足利氏の事実上の祖にあたる人物。つまり浄妙寺は、後に天下を取ることになる足利氏の「鎌倉での拠点」という、格の高い位置づけを持つ寺として出発した。
その後、寺は禅宗に改められ「浄妙寺」と名を改める。この「浄妙」という寺名は、足利氏7代(尊氏の父)にあたる足利貞氏(あしかがさだうじ)の法名にちなむとされる。改称の正確な時期は資料によって幅があり、断定できていない。室町幕府成立後、足利尊氏・直義兄弟もここを篤く保護し、鎌倉五山に列せられた。最盛期には23の塔頭を持つ大寺院であったが、戦国期から江戸期にかけて衰退、現在は本堂・客殿・茶室・庭園を残すのみとなっている。
地名「浄明寺(じょうみょうじ)」は、この寺の名に由来する。ただし町名は寺号「浄妙寺」と一字違いで、「妙」が「明」に改められている。理由は諸説あり、格式高い寺号をそのまま地名に使うのをはばかったためとも、明治の神仏分離の影響ともいわれ、確定した説明はない。
見どころ・特徴
観光客の少ない、静けさが心地よい隠れた名刹。境内に足を踏み入れた瞬間、ふっと観光地の喧騒が遠のく。
本堂は宝暦6年(1756)の再建。本尊は釈迦如来。本堂正面の枯山水庭園は、白砂と苔・つつじが見事に調和した美しい姿を見せる。特に春のつつじ、秋の紅葉の頃は、絵画のような景観。
この寺の最大の魅力は、本堂裏の高台に建つ茶室「喜泉庵(きせんあん)」。戦国時代末期の天正年間(1573~1591年ごろ)に建てられたと伝わる茶室を、平成3年(1991)に復元したもので、ここで本格的な抹茶と季節の和菓子をいただくことができる(毎日利用可、年末年始は休み、参加費660円から1100円)。庭の枯山水を眺めながらの一服は、まさに禅と茶の融合を体感する贅沢な時間。
裏山には「鎌足稲荷社(かまたりいなりしゃ)」がひっそりと佇む。飛鳥時代の政治家・藤原鎌足(ふじわらのかまたり)が、この地に鎌を埋めたという伝説にちなむ社で、「鎌倉」の地名の由来とする言い伝えもある。
谷戸の最奥には、明徳3年(1392)の銘がある宝篋印塔(ほうきょういんとう)があり、古くから足利貞氏(足利尊氏の父)の墓と伝えられてきた。ただし銘文の年代が貞氏の没年(元弘元年/1331)と60年ほどずれることから、実際には貞氏の墓ではなく、足利直義(尊氏の弟)の供養塔ではないかとする見方も研究者の間にはある。伝承と学術的な見立てが交錯する、歴史好きには興味の尽きない場所である。
学び・特徴
主祭神
釈迦如来
社格
臨済宗建長寺派。鎌倉五山第五位。山号は稲荷山(とうかさん)。
創建
文治4年(1188)、足利義兼を開基、退耕行勇を開山として創建。当初は密教系の「極楽寺」という寺名だったが、後に禅宗に改められ、足利貞氏の法名にちなみ「浄妙寺」と改称された(改称の正確な時期は不詳)。
テーマ
紅葉
この場所を巡る軸
基本情報
住所
神奈川県鎌倉市浄明寺3-8-31
参拝時間
9時から16時30分まで。拝観料は大人(中学生以上)200円、小学生100円(2026年の料金改定後。障害者は手帳提示で無料)。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
JR鎌倉駅東口から京急バス「浄明寺」下車、徒歩2分。
【駐車場】浄妙寺有料駐車場あり(20台、1時間500円)。境内の檀家用スペースはごく数台分のみで満車になりやすいため、有料駐車場の利用がおすすめです。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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