TabiShiri
神社 御朱印 熊毛郡屋久島町

益救神社

やくじんじゃ

この神社について
屋久島の玄関口・宮之浦に鎮座する、島でもっとも格の高い神社。延長5年(927年)に朝廷がまとめた『延喜式(えんぎしき)』神名帳(じんみょうちょう)に名前が載る式内社(しきないしゃ)で、そこに記された神社のなかで日本の最も南に位置する。主祭神は山幸彦(やまさちひこ)として知られる天津彦彦火火出見尊。九州最高峰・宮之浦岳(1,936メートル)の山頂に奥宮があり、宮之浦の社はその里宮にあたる。島の伝統行事「岳参り(たけまいり)」の出発点でもある。

歴史・由来

【この社を理解する鍵】 なぜ、九州本土から60キロ以上離れた島に、国が公認した神社があるのか。答えは屋久島の位置にある。古代、南の海をわたる船にとって屋久島は目印であり、風待ちの寄港地だった。命がけの航海を終えて島にたどりついた人々が「ますます救われますように」と祈ったことから「益救」の字が当てられた、と社は伝えている。この社は、島の暮らしの神であると同時に、海をわたる人の神でもあった。 【延喜式に載る、日本最南端の式内社】 創立された年はわかっていない。ただ、延長5年(927年)に朝廷の命でまとめられた『延喜式』神名帳に「大隅国馭謨郡(おおすみのくに ごむぐん)一座 名神 小 益救神社」と記されている。これは国が公に認めた神社(官社)だったという意味で、神名帳に載る神社のなかで最も南にあるのがこの社である。社名は今でこそ「やく」と読むが、古くは「ますくひ」「すくひ」とも読まれた。仏教とまじりあった時代には「一品宝珠大権現(いっぽんほうじゅだいごんげん)」とも呼ばれている。 8世紀から9世紀初めにかけて、屋久島と種子島は「多禰国(たねのくに)」という一つの国だった。その時代、この社が多禰国の一の宮だったと伝えられる。 【焼けても建て直されてきた社】 江戸時代の貞享2年(1685年)、薩摩藩の藩士によって社殿が再建された。明治の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)では仏教色のものが壊され、境内に残る仁王像(におうぞう)にもそのときの傷が残ると言われている。さらに昭和20年(1945年)、太平洋戦争の空襲で社殿を焼失した。いま建っている社殿は昭和29年(1954年)に建てられたものである。つまり建物そのものは新しい。この社の古さは、建物ではなく、千年以上とぎれずに続いてきた祈りの側にある。 【山へ登る祈り】 屋久島には、集落ごとに山へ登って祈る「岳参り」という行事が今も残る。参加者は益救神社で道中の無事を祈ってから山へ向かい、山頂の岩屋にまつられた一品宝珠大権現に参る。屋久島にある24の集落のうち、およそ20の集落が今もこの行事を続けている。かつては二泊三日がかりだったが、車が使えるようになったことと過疎・高齢化が進んだことから、現在は日帰りが中心になっている。宮之浦岳の山頂に置かれた小さな祠が、この社の奥宮である。

見どころ・特徴

【三体の仁王像】境内に立つ石造の仁王像。凝灰岩(ぎょうかいがん)でつくられ、天保2年(1831年)の作と伝わる。仁王はもともと仏教の守護神で、神社に仁王がいるのは神と仏をいっしょに祀っていた時代の名残である。明治の廃仏毀釈で壊されたと見られる傷が残っており、この島の宗教の歴史がそのまま形になっている。 【広い境内と宮之浦川】社は宮之浦川の河口近くにあり、道路沿いの鳥居から入る。境内はかなり広く、穴の空いた石や亀甲(きっこう)状の石など、いわれのある石が置かれている。港からすぐの平地にあるので、登山や自然観光のあいだに立ち寄りやすい。 【建物は新しい、という正直な話】社殿は昭和29年(1954年)の再建で、古い建築を見にいく場所ではない。参拝そのものは10分ほどで終わる。それでも訪ねる価値があるのは、ここが「日本最南端の式内社」であり、島の人が今も山へ登る前に手を合わせる、生きた信仰の起点だからである。 【奥宮は宮之浦岳の山頂】九州最高峰・宮之浦岳(1,936メートル)の山頂、巨石のあいだに小さな祠がある。これが益救神社の奥宮。登山で山頂に立つ人は、知らずにこの社の本宮に参っていることになる。
年中行事・お祭り
【例大祭】例年4月29日 集落にとって一年でもっとも大切な行事のひとつ。鹿児島県神社庁および観光庁の解説資料は、いずれも4月29日を例祭日としている。 【岳参り】例年 春と秋 集落ごとに山へ登って祈る屋久島の伝統行事。参加者は早朝(宮之浦では午前3時半ごろ)に益救神社で道中の無事を祈ってから山へ向かう。宮之浦の集落は春と秋の両方に行っている。 【大晦日の奉納太鼓】例年12月31日 年の変わり目に太鼓を奉納する神事。 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
主祭神
天津彦彦火火出見尊(あまつひこひこほほでみのみこと大山祇尊木花開耶姫尊塩土翁尊豊玉彦尊豊玉姫尊玉依姫尊
社格
式内社(『延喜式』神名帳 大隅国馭謨郡 一座 名神 小)。神名帳に載る神社のうち日本最南端。旧県社。
創建
創立年代不詳。延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳に記載があり、それ以前から存在したことがわかる。
テーマ
世界遺産巨木・御神木パワースポット
基本情報
住所
鹿児島県熊毛郡屋久島町宮之浦277
参拝時間
境内の参拝は24時間可能。拝観料は無料。 授与所(御守・御朱印):9:00〜17:00 御祈祷の受付:9:00〜16:00(要予約) ※時期により変更される場合があります。 TEL:0997-42-0907

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
【徒歩】宮之浦港から徒歩10分ほど。路線バス「宮之浦」バス停からは徒歩5分ほど。いずれも平坦な道で、登りはない。 【車】屋久島空港から約15分。安房(あんぼう)方面からは約28分(約20キロメートル)。 【駐車場】あり。鳥居の右手に10台ほど停められる。 【トイレ】境内にあり。
公式サイト
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

記録を確認中...