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神社 御朱印大隅国一宮・官幣大社・別表神社 霧島市

鹿児島神宮

かごしまじんぐう

この神社について
大隅国一宮。山幸彦ほかを祀り、1500年以上の歴史を持つ。隼人の地の古社で、春の「鈴掛馬踊り」は国の重要無形民俗文化財として知られる。

歴史・由来

鹿児島神宮を理解する鍵は、記紀神話に登場する山幸彦(やまさちひこ)と海神の娘の恋物語と、その子孫にあたる八幡神をのちに迎え入れた、二段構えの信仰の重なりにある。 主祭神は彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと、山幸彦)と豊玉比売命(とよたまひめのみこと)の夫婦神。記紀神話によれば、山幸彦は兄・海幸彦(うみさちひこ)の釣り針を探して海神の宮を訪れ、その娘・豊玉姫と結ばれた。二人の子である鸕鶿草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)は、初代天皇・神武天皇の父にあたる。この地には山幸彦が営んだ高千穂宮(たかちほのみや)があったと伝わり、創建は神代にまでさかのぼるとされる。 和銅元年(708)、現在地へ遷座したと伝わる。のちに応神天皇(おうじんてんのう)ら八幡神が合祀され、「正八幡宮(しょうはちまんぐう)」とも呼ばれる、九州南部における八幡信仰の一大拠点となった。平安期の延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)には「鹿児島神社 大」と記され、延喜元年(901)には大社に列せられたと伝わる。 大永7年(1527)の兵火で社殿を焼失したが、天文20年(1551)、薩摩藩主・島津貴久(しまづたかひさ)の命により再興された。江戸時代を通じて島津氏から手厚い保護を受け、現在の社殿は宝暦5年(1755)、島津重年(しまづしげとし)の寄進により着工され、翌宝暦6年(1756)、跡を継いだ島津重豪(しまづしげひで)の代に完成した。明治28年(1895)には官幣大社(かんぺいたいしゃ)に昇格している。

見どころ・特徴

【朱塗りの大鳥居と長い参道】 一之鳥居から本殿へと続く長い参道が、大隅国一之宮としての格式を物語る。 【国指定重要文化財の社殿】 現在の社殿は宝暦5年(1755)、島津重年の寄進により着工され、翌年、島津重豪の代に完成した。豪壮な権現造(ごんげんづくり)で、向拝(こうはい)には見事な龍の彫刻が施されている。本殿・拝殿・勅使殿(ちょくしでん)・摂社四所神社本殿(せっしゃししょじんじゃほんでん)が、令和4年(2022)に国の重要文化財に指定された。 【初午祭と鈴かけ馬踊り】 旧暦1月18日を過ぎた最初の日曜日に行われる「初午祭(はつうまさい)」では、鈴を鳴らしながら着飾った「鈴かけ馬」を先頭に踊り連が練り歩く、全国でも珍しい神事が見られる。国の重要無形民俗文化財に指定されている。 【近隣とあわせて】 参拝のあとは、近隣の霧島温泉や霧島神宮とあわせて訪ねると、霧島の自然と神々の物語をより深く楽しめる。
年中行事・お祭り
【初午祭(はつうまさい)】旧暦1月18日を過ぎた最初の日曜日 鈴を付けた「鈴かけ馬」と踊り連が境内を練り歩く、国指定重要無形民俗文化財の神事。 【藤祭(ふじまつり)】例年4月26日 山幸彦が龍宮城から帰還したことを記念する祭り。 【御田植祭(おたうえさい)】例年6月21日 豊作を祈願して神田に苗を植える神事。 【献灯祭(けんとうさい)】例年7月28日 厄払いと夏の暑気払いを兼ねた祭り。 【例祭】例年9月25日 年間最大規模となる秋の例大祭。 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
主祭神
天津日高彦火火出見尊(山幸彦)豊玉比売命帯中津日子命(仲哀天皇)息長帯比売命(神功皇后)品陀和気命(応神天皇)仲姫命
社格
大隅国一宮・官幣大社・別表神社
創建
創建は神代と伝わる。山幸彦(彦火火出見尊)がこの地に営んだ高千穂宮を起源とし、和銅元年(708)に現在地へ遷座したとされる。
ご利益
五穀豊穣縁結び厄除け家内安全
テーマ
山・登拝パワースポット
基本情報
住所
鹿児島県霧島市隼人町内2496-1
参拝時間
参拝時間は8時30分から17時まで。祈願の受付は9時から16時30分まで。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
JR日豊本線「隼人」駅より徒歩15分。鹿児島交通バス「鹿児島神宮前」停留所からは徒歩5分(本数が少ないため事前に時刻の確認がおすすめ)。車の場合、東九州自動車道「隼人西」インターから約10分。参道駐車場・大駐車場など、合計200台以上の無料駐車場がある。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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