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神社 御朱印 大分市

柞原八幡宮

ゆすはらはちまんぐう

この神社について
大分市の西、二葉山(ふたばやま)のふもとに鎮座する豊後国(ぶんごのくに、今の大分県)の一の宮。天長4年(827年)に宇佐神宮から神を迎えたことにはじまり、承和3年(836年)に朝廷の命で社殿が建てられた。本殿をはじめとする10棟の建物が国の重要文化財、参道に立つ大クスは国の天然記念物に指定されている。彫刻がびっしり施された南大門は、見飽きないことから「日暮門(ひぐらしもん)」とも呼ばれる。

歴史・由来

【この社を理解する鍵】 柞原八幡宮は「宇佐神宮の写し」として生まれ、やがて豊後国で一番の神社を名乗るまでになった社である。社殿の並び方も、本殿の形も、本家である宇佐神宮を手本にしている。その一方で、一の宮の座をめぐって別の神社と長く争った歴史も持つ。写しから始まって独自の格を勝ち取っていく過程が、この社の見どころとつながっている。 【宇佐からの勧請】 社伝によると、天長4年(827年)、比叡山延暦寺(えんりゃくじ)の僧・金亀(こんき)が宇佐八幡宮(今の宇佐神宮)に千日間こもって祈ったところ、八幡神(はちまんしん)のお告げを受けたという。そのお告げにしたがって神を迎えたのが、この社のはじまりとされる。承和3年(836年)には仁明天皇(にんみょうてんのう)の命により、豊後の国司(こくし、国を治める役人)大江宇久(おおえのうく)が社殿を造営した。祀られているのは応神天皇(おうじんてんのう)・仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)・神功皇后(じんぐうこうごう)の三柱で、全国の八幡宮と同じ顔ぶれである。 【一の宮をめぐる争い】 中世に入ると、豊後を治めた大友(おおとも)氏をはじめ歴代の領主から厚く信仰されるようになる。そのなかで柞原八幡宮は「豊後国一の宮」を名乗るようになった。ところが、それ以前から一の宮を称していた西寒多神社(ささむたじんじゃ、大分市寒田)があり、両社の主張は江戸時代まで折り合わなかった。今でも両社とも豊後国一の宮を称している。どちらが正しいかを決める話ではなく、豊後という国にそれだけ有力な社が二つあった、と受け止めるのが実際に近い。 【焼けて、建て直された社殿】 戦国時代には、領主の大友義鎮(おおともよししげ、宗麟〈そうりん〉)がキリスト教を信仰したため、社は打撃を受けた。江戸時代になると府内藩(ふないはん)の歴代藩主の保護を受けて復興する。しかし寛延2年(1749年)に火災で社殿を失い、そこから順に建て直された。いま建っている本殿は嘉永3年(1850年)に上棟したもので、南大門は棟札(むなふだ)から明治3年(1870年)の建立とわかっている。つまり今日目にする社殿群は、江戸後期から明治初めにかけての仕事である。大正5年(1916年)には国幣小社(こくへいしょうしゃ)に列した。

見どころ・特徴

【南大門(日暮門)】この社で一番の見どころ。門の全面に龍・花・鳥・中国の「二十四孝(にじゅうしこう)」の物語などの彫刻がびっしり彫り込まれている。日が暮れるまで見ていても飽きないことから「日暮門」と呼ばれる。明治3年(1870年)の建立。 【重要文化財10棟の社殿群】本殿・東宝殿・西宝殿・申殿(もうしどの)・拝殿・楼門・西門・南大門・東回廊・西回廊の10棟が、平成23年(2011年)に国の重要文化財に指定された。本殿は全国的にも例が少ない「八幡造(はちまんづくり)」という形式で、前後二棟の建物をつなげた造り。楼門と申殿を一直線に並べる配置は、宇佐神宮を手本にしたものと説明されている。本殿の縁には「花堂(はなどう)」という小さな建物がついていて、この地方ならではの特色とされる。 【柞原八幡宮のクス】南大門のかたわらに立つ大クス。国の天然記念物で、指定は大正11年(1922年)3月8日。樹高およそ30メートル、地上1.5メートルでの幹まわりはおよそ18.5メートル。幹は空洞になっている。樹齢は三千年とも言われるが、あくまで言い伝えで、正確な数字が測られているわけではない。 【鎮守の森】境内の周囲にはコジイ・イチイガシを中心とした常緑広葉樹の森が広がり、大分市の天然記念物に指定されている。県庁所在地のすぐ近くにこれだけの自然林が残っているのは珍しい。 【石段がきつい】バス停や駐車場から社殿までは石段が続く。数はおよそ180段。足に不安がある人は、ゆっくり登る時間を見ておいたほうがよい。
年中行事・お祭り
【例大祭】例年3月15日 この社で最も大切にされている祭典。古くは「初卯祭(はつうさい)」と呼ばれた。神社本庁から献幣使(けんぺいし)が参向する。 【仲秋祭(ちゅうしゅうさい)・浜の市】例年9月中旬 生き物を放して感謝する「放生会(ほうじょうえ)」の神事がもとになった祭り。神輿(みこし)三基が氏子の打つ渡り拍子にのって、生石(おいし)地区の仮宮(御旅所)へ渡っていく。江戸時代には西日本三大市のひとつに数えられたほどのにぎわいで、今も期間中は境内や仮宮に市が立ち、奉納花火や神楽が行われる。 【夏越祭(なごしさい)】例年7月31日 かつては神輿三基が浜まで下ったが、現在は「金幣(きんぺい)」がその役を務める。 【武内大神渡御祭】例年9月1日〜7日 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

ゆかりの食・参道の名店2 件
  • しきし餅

    仲秋祭「浜の市」の名物として知られる餅菓子。藩主が使った座布団の形をかたどったものと伝えられ、四角い姿からこの名がある。祭りの期間に仮宮まわりの店で売られるほか、大分市内の和菓子店でも作られている。
  • 一文人形(いちもんにんぎょう)

    食べ物ではないが、浜の市のもうひとつの名物。素朴な土人形で、祭りの期間中には絵付け体験のワークショップが開かれる年もある。 なお、社殿周辺には売店や飲食店がほとんどない。食事は市街地側で済ませてから向かうのが無難。

※ 営業時間・定休日は変わることがあります。各店の公式情報でご確認ください。

学び・特徴
主祭神
八幡大神(応神天皇)比売大神神功皇后
社格
豊後国一の宮(西寒多神社も一の宮を称する)/旧国幣小社(大正5年〈1916年〉昇格)
創建
天長4年(827年)に宇佐八幡宮から勧請したのが起源。承和3年(836年)に仁明天皇の命で社殿が造営された。
ご利益
勝負運五穀豊穣
テーマ
巨木・御神木パワースポット
基本情報
住所
大分県大分市大字八幡987
参拝時間
境内は自由に参拝できる。拝観料は無料。 授与所(御守・御朱印):8:30〜16:30 御朱印の初穂料は500円〜1,500円(種類による)。月替わりの限定御朱印が用意される時期もある。 TEL:097-534-0065

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
【バス】JR大分駅前7番のりばから大分交通「柞原」行きに乗車、約35分。終点「柞原」下車、徒歩約5分。ただし社殿までは約180段の石段がある。 【車】JR西大分駅から約10分。無料駐車場あり。 【仲秋祭・浜の市のとき】祭りの会場となる仮宮は大分市生石(おいし)地区にあり、本宮とは離れている。祭り目当てで行く場合は行き先を間違えないよう注意。浜の市の期間中は臨時電話(097-532-6880)が開設される。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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