この神社について
肥前国(ひぜんのくに)の一宮(いちのみや)で、神亀元年(724)に創建されたと伝わる八幡宮です。応神天皇(おうじんてんのう)・仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)・神功皇后(じんぐうこうごう)をまつります。146段の石段を登った高台に社殿が建ち、毎年3月15日の「お粥試(おかゆだめし)」は、日本三大粥祭りの一つともいわれる占いの神事です。
歴史・由来
【栗と鳩のお告げ】
千栗八幡宮を理解する鍵は、「ちりく」という不思議な名前の由来です。
【壬生春成の夢】
神亀元年(724)、肥前国養父郡(やぶぐん)の郡司(ぐんじ:郡をおさめる役人)だった壬生春成(みぶのはるなり)が、神のお告げを受けてこの神社を建てたと伝えられます。言い伝えでは、春成が山へ狩りに出ると、八幡神のお使いである白い鳩が弓の先に止まりました。その夜、白髪の老人が千個の栗を盛った盆を授け、「この地に八幡神をまつれ」と告げる夢を見ます。翌日山へ行くと、逆さに植わった千個の栗から、一夜のうちに栗の木が生い茂っていました。このことから、「くり」を逆さにして「ちりく」と呼ぶようになったといわれます。
【戦乱と再興】
南北朝時代には神社の西に千栗城が築かれ、戦国時代には戦に巻きこまれて社殿がたびたび焼けました。そのたびに、この地の領主だった龍造寺(りゅうぞうじ)氏や鍋島(なべしま)氏が社殿を建て直しています。
【肥前国の一宮として】
明治36年(1903)に県社、昭和15年(1940)に国幣小社となり、肥前国の一宮として今も信仰を集めています。
見どころ・特徴
【146段の石段】高台の社殿へと続く長い石段です。柔道の古賀稔彦(こがとしひこ)選手が、足腰をきたえるためにこの石段を使っていたことでも知られます。
【肥前鳥居】鍋島氏の時代の慶長14年(1609)に奉納された石の鳥居で、肥前地方に特有の形をしています。町の重要文化財に指定されています。
【お粥試】2月26日に炊いて神殿に納めた粥を3月15日に取り出し、表面のカビやひび割れの様子から、肥前・肥後・筑前・筑後の四つの国の、その年の天候や作物のできを占います。
年中行事・お祭り
【お粥試(おかゆだめし)】例年3月15日
2月26日に炊いて神殿に納めた粥を取り出し、カビやひびの様子でその年の天候や作柄を占います。
【例大祭】例年9月15日
一年でいちばん大切なお祭りです。例大祭に近い日曜日には、御神幸(ごしんこう)と浮立(ふりゅう:佐賀地方の伝統芸能)も行われます。
【お火焚き神事】例年12月31日
一年の終わりに行われる神事です。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
主祭神
応神天皇仲哀天皇神功皇后
社格
肥前国一宮・旧国幣小社
創建
神亀元年(724)、肥前国養父郡の郡司・壬生春成が神託を受けて創建したと伝わる
ご利益
五穀豊穣厄除け家内安全
テーマ
一宮パワースポット
基本情報
住所
佐賀県三養基郡みやき町大字白壁2415
アクセス
西鉄久留米駅から西鉄バス(佐賀バスセンター行き)で「千栗八幡宮前」下車。タクシーの場合、JR久留米駅から約10分、西鉄久留米駅から約25分。車の場合、長崎自動車道「鳥栖インターチェンジ」から国道34号線経由。石段下と裏手に駐車場あり。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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