
この神社について
日本三大稲荷の一つに数えられることが多い、五穀豊穣・商売繁盛の神を祀る古社。伏見稲荷大社とともに挙げられるお稲荷様のひとつで、年間を通じて多くの参拝者を集める。江戸末期に再建された本殿は、精緻な彫刻で知られ国の重要文化財に指定されている。
歴史・由来
笠間稲荷神社を理解する鍵は、古くからの言い伝えと、記録に残る確かな歴史の両方があるという点にある。
創建については、孝徳天皇の御代である白雉2年(651年)に、佐白山(さしろさん)に祀られていた稲荷の神を、胡桃(くるみ)の木が茂るこの地に遷したのが始まり、という言い伝えが伝わる。この由緒は口伝えで語り継がれてきたもので、当時の文献にはっきりと記された記録は残っていない。境内に胡桃の木があったことから、「胡桃下稲荷(くるみがしたいなり)」という別名で呼ばれるようになったとも伝わる。
記録の上ではっきりとたどれるのは、江戸時代以降の歴史である。笠間は笠間藩の城下町として栄え、歴代の藩主から篤く崇敬を受けた。中でも笠間藩主・井上正利(いのうえまさとし)は特にこの神社を大切にし、社殿の整備を進めたと伝わる。現在の本殿は江戸時代末期の文久元年(1861年)に再建されたもので、欅(けやき)をふんだんに使った権現造(ごんげんづくり)の建物に、名工の手による精緻な彫刻が施されている。この本殿は昭和63年(1988年)に国の重要文化財に指定された。
明治以降は近代社格制度のもとで村社(そんしゃ)に列せられ、現在は神社本庁が特に重んじる別表神社(べっぴょうじんじゃ)となっている。伏見稲荷大社と並んで「日本三大稲荷」の一社に数えられることも多く、茨城県内はもちろん関東一円から多くの参拝者を集める神社として、今日まで歩みを続けている。
見どころ・特徴
【本殿の彫刻】
文久元年(1861年)に再建された本殿は欅(けやき)造りで、柱や壁板の隅々まで精緻な浮き彫りが施されている。中でも本殿三面の壁板に彫られた「蘭亭曲水の図(らんていきょくすいのず)」7枚は見応えがある。この本殿は国の重要文化財に指定されている。
【楼門】
参道の入口に立つ朱塗りの楼門は昭和36年(1961年)に建てられたもので、社殿の中では比較的新しい建物。それでも堂々とした構えで、境内の入口にふさわしい存在感がある。
【樹齢400年の藤】
境内には樹齢およそ400年と伝わる藤の木があり、例年5月上旬から中旬にかけて、ぶどうの房のような花を咲かせる。
【「日本三大稲荷」をめぐる諸説】
笠間稲荷神社は伏見稲荷大社(京都府)とともに「日本三大稲荷」の一社に数えられることが多いが、残る一社については豊川稲荷(愛知県)とする説や最上稲荷(岡山県)とする説など諸説があり、確定した組み合わせがあるわけではない。どの説でも、伏見稲荷大社に次ぐ格の高い稲荷信仰の中心地として名前が挙がる神社であることに変わりはない。
【訪ねかた】
境内には駐車場が用意されているが、初詣や菊まつりの時期は大変混み合う。時間に余裕を持って訪れると、ゆったりと参拝できる。
年中行事・お祭り
【笠間の菊まつり】例年10月中旬から11月下旬
100年を超える歴史を持つ菊のお祭りで、境内が菊人形や菊花で彩られる。
【初詣】1月
正月三が日には茨城県内で最も多い参拝者を集め、80万人を超える人が訪れる。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
主祭神
宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)
社格
旧社格は村社。現在は神社本庁の別表神社(べっぴょうじんじゃ)に列せられている。本殿(附旧拝殿)は昭和63年(1988年)に国の重要文化財に指定された。
創建
社伝によれば白雉2年(651年)の創建と伝わるが、この由緒は口伝えによるもので、当時の文献記録は残っていない。現在の本殿は江戸時代末期の文久元年(1861年)に再建されたもの。
ご利益
商売繁盛五穀豊穣縁結び厄除け
テーマ
日本三大稲荷笠間焼の里のシンボル
この場所を巡る軸
神話ストーリー
霊場・巡礼
基本情報
住所
茨城県笠間市笠間1
参拝時間
6時から日没まで(季節により変わる)。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
JR水戸線「笠間駅」から徒歩約20分、またはタクシーで約5分。車の場合は北関東自動車道「友部インターチェンジ」から約15分。境内駐車場(25台)と地蔵前駐車場(90台)がある。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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