この神社について
小松市にある、平安時代の延喜式(えんぎしき)にも名前がのる古い神社です。
源平の戦いで討たれた斎藤実盛(さいとうさねもり)の兜が伝わり、国の重要文化財になっています。
松尾芭蕉が『おくのほそ道』の旅で参拝し、この兜を見て句を詠んだことでも知られています。
歴史・由来
多太神社を理解する鍵は、斎藤実盛の兜と、それにまつわる人びとの祈りが受け継がれてきたことです。
【古い社】
社伝では、6世紀の初め、武烈天皇の時代に、男大跡皇子(おおどのおうじ、のちの継体天皇)がまつったと伝えられます。
平安時代の『延喜式』の神名帳にものる式内社です。
【実盛の兜】
平家の武将・斎藤実盛は、篠原の戦いで木曽義仲の軍に討たれました。
義仲は実盛の供養と戦の勝利を願って、実盛がかぶっていた兜をこの神社に納めたと伝えられています。
【実盛を弔う人びと】
室町時代の応永21年(1414)、遊行上人(ゆぎょうしょうにん)が篠原で実盛の霊に出会い、念仏を授けたという話が記録に残っています。
その後も遊行上人たちは、実盛の供養のための回向札(えこうふだ)をこの神社に納め続けました。
【加賀藩の保護】
寛永17年(1640)には、加賀藩3代藩主の前田利常(としつね)が社地を寄進し、能美郡(のみぐん)の惣社となりました。
学び・特徴
主祭神
素盞鳴命
社格
旧郷社
創建
社伝では武烈天皇の時代、男大跡皇子(のちの継体天皇)がまつったと伝わる
テーマ
重要文化財文学ゆかり武将ゆかり歴史
基本情報
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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