この神社について
越中国の一宮を名乗る古い神社で、高岡市伏木(ふしき)の丘にあります。縁結びの神様である大己貴命(おおなむちのみこと)と、その妻の奴奈加波比売命(ぬなかわひめのみこと)をまつっています。
戦国時代に建て直された本殿は、国の重要文化財です。
歴史・由来
【能登から迎えた神様】
この神社を知る鍵は、能登の気多大社から神様を迎えたと伝わることと、越中の国の役所に近い場所にあったことです。
【創建の言い伝え】
社伝では、養老(ようろう)元年(717)に能登の気多大社から分霊を迎えて建てられたとされます。能登が越中から分かれた天平宝字(てんぴょうほうじ)元年(757)の創建と考える説もあります。平安時代の『延喜式(えんぎしき)』神名帳にも、射水郡の神社の一つとして名前がのっています。
【越中の一宮と国司】
越中国司として赴任した大伴家持(おおとものやかもち)が、この神社をあつく敬ったと伝えられています。かつて二上神社と一宮の地位を争い、この神社が一宮になったともいわれます。越中では、高瀬神社・射水神社・雄山神社も一宮を名乗っています。
【兵火と再建】
寿永(じゅえい)年間には源義仲の、天文(てんぶん)年間には上杉謙信の兵火にあいました。今の本殿は永禄(えいろく)年間(1558〜1570)ごろに建て直されたもので、のちに加賀藩2代藩主・前田利常(まえだとしつね)が社殿を修復しています。
見どころ・特徴
【国の重要文化財の本殿】
永禄年間ごろに建て直された本殿は、戦国時代の神社建築を今に伝える建物で、国の重要文化財に指定されています。
【越中国総社跡伝承地】
境内の「かたかごの丘」には、「越中国総社跡伝承地」の碑が立っています。総社は、国司が国じゅうの神社をめぐる手間をはぶくため、国の役所の近くに神々をあわせてまつった神社です。
【夫婦の神様】
大己貴命と奴奈加波比売命の夫婦神をまつることから、縁結びの神社としても親しまれています。
学び・特徴
主祭神
大己貴命奴奈加波比売命
社格
越中国一宮・式内社・旧県社
創建
養老元年(717)と伝わる(天平宝字元年〈757〉とする説もある)
ご利益
縁結び厄除け家内安全
この場所を巡る軸
めぐりコース
基本情報
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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