TabiShiri
神社 御朱印旧村社(明治4年に列格)。大正12年に供進社に指定 多賀城市

陸奥総社宮

むつそうしゃのみや

この神社について
宮城県多賀城市にある、陸奥国府(むつのこくふ、多賀城)の総社(そうしゃ)とされる神社です。総社とは、国内の神社の神さまを一か所に集めてまつった社のことです。陸奥国の百社が合祀(ごうし)されていると伝わり、八塩道老翁神と八塩道老女神を主祭神とします。

歴史・由来

この社を知る鍵は、国司が国内の神さまをまとめて拝むために作られた「総社」であったことです。 【総社のなりたち】古代、国司は任された国の中の神社を、一社ずつ巡ってお参りする決まりでした。その手間を省くため、国内の神社の神さまを一か所に集めてお参りする形が広まりました。これが総社です。 【創建の伝え】創建の年ははっきりしていません。陸奥国府の多賀城に赴任した国司が、多賀城の東の門の近くに、神々を合祀して勧請(かんじょう)したのが始まりとされます。歴代の国司がまつってきたと伝わります。 【鎌倉時代から江戸時代】鎌倉時代には、奥州留守職(おうしゅうるすしき)の伊澤氏が、国司に代わって祭祀(さいし)のための土地を寄進したと伝えられます。その後、一度とだえましたが、江戸時代に伊達政宗が再興に力を入れ、別当寺(べっとうじ)を置いて、社務を行わせました。歴代の藩主も、深く敬ったとされます。江戸時代には、鹽竈神社の14ある末社の一つとされ、鹽竈神社へお参りする前に、まずこの社に詣でなければ、神の加護を受けられないといわれていました。 【社殿と近代】現在の本殿は貞享4年(1687年)に造られ、拝殿は享保19年(1734年)に改築されました。明治4年(1871年)に村社に列せられ、明治41年(1908年)には、貴船神社をはじめとする神社が合併しました。大正12年(1923年)には、供進社に指定されました。

見どころ・特徴

【本殿と拝殿】本殿は流造(ながれづくり)です。本殿のほかに、幣殿(へいでん)と拝殿があります。 【例大祭の神輿】神輿は、明治13年(1880年)に造られたことが、棟札(むなふだ)からわかっています。修理を終えて、令和2年(2020年)4月に披露されました。神輿を納める神輿庫も、同じ年に建て替えられました。 【境内の木】境内には、多賀城市の保存樹木に指定された、白木蓮(ハクモクレン)と老杉(ろうすぎ)があります。杉は神木とされ、正月にしめ縄をかけます。
年中行事・お祭り
【初詣】1月1日から3日。新年の祈祷を受け付けています。 【どんと祭】例年1月14日。夕方に火入れをして、正月の飾りや注連縄(しめなわ)、古いお札を焼きます。御神火にあたって、無病息災などを祈ります。 【節分祭】例年、2月の第一・第二の土曜日と日曜日。豆まきをして邪気を払い、厄年の祓いの祈祷も受け付けています。 【例大祭】例年、4月の第3日曜日。神社で最も重要とされている祭りです。神事のあとに神輿渡御(みこしとぎょ)があり、氏子の地区をめぐります。地区によっては、子ども神輿も出ます。 【七五三祭】例年、10月下旬から11月中。子どもの成長を祝って参拝し、千歳飴を食べて、長寿を願います。 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
主祭神
八塩道老翁神八塩道老女神
社格
旧村社(明治4年に列格)。大正12年に供進社に指定
創建
創建の年は不明。古代の陸奥国府の国司が、神々をまつったのが始まりと伝わる
ご利益
厄除け家内安全五穀豊穣
テーマ
パワースポット
基本情報
住所
宮城県多賀城市市川字奏社1
参拝時間
参拝時間は、公式サイトに記載がありません。御朱印の授与時間は、9時から16時です。御朱印帳に直接書けない場合があるため、希望する方は、事前に神社へお問い合わせください。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
「国府多賀城駅」から徒歩約20分です。「陸前山王駅」と「塩釜駅」からは、徒歩約30分です。お車の場合は、三陸道「利府塩釜IC」から向かうルートなどが、公式に案内されています。駐車場は、神社の左側に10台分、右側に50台分あります。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

記録を確認中...