この史跡について
甘酒横丁(あまざけよこちょう)は、東京都中央区の日本橋人形町(にほんばしにんぎょうちょう)にある商店街の通りです。人形町通りの「甘酒横丁」交差点から、明治座(めいじざ)のある清洲橋通り(きよすばしどおり)の「浜町公園前」交差点まで、およそ400メートルの並木道に、お店が並んでいます。
名前は、明治のころに入口あたりにあった甘酒屋に由来するとされています。戦災を免れたこともあって、昔ながらの下町の姿が今も残る、歩いて楽しむ通りです。
歴史・由来
【名前のもとになった甘酒屋】
甘酒横丁商店会の紹介では、明治時代の初めごろ、今の通りの入口付近に「尾張屋(おわりや)」という甘酒屋があり、その小路が「甘酒屋横丁」と呼ばれたのが名前の始まりとされています。明治のころの人形町には、水天宮(すいてんぐう)や明治座があり、寄席(よせ)も何軒かあって、芝居や寄席の帰りの客でにぎわったと伝えられています。
【下町の姿】
中央区観光協会の案内では、この通りは戦災を免れたこともあって、昔ながらの下町の姿が今も残っていると紹介されています。
【商店会の歩み】
2009年(平成21年)1月に、町内会の「甘酒横丁会」を発展的に解散して、新しく「甘酒横丁商店会」が立ち上げられました。それ以前は、人形町商店街協同組合に属していたと商店会は紹介しています。
見どころ・特徴
【通りの広がり】
西の入口は、人形町通りの「甘酒横丁」交差点です。そこから東へ、並木のある道の両側にお店が続き、清洲橋通りの「浜町公園前」交差点で終わります。人形町と浜町をむすぶ、下町の散歩道です。
【人形町の名前のおこり】
中央区観光協会の案内によると、このあたりには人形芝居や浄瑠璃(じょうるり)の小屋があり、市村座(いちむらざ)と中村座(なかむらざ)がにぎわっていました。人形をつくって売る人も多く住んでいたそうです。俗称だった「人形町」は、関東大震災のあとの区画整理で正式な町名になりました。
【周辺を歩く】
通りは明治座や浜町公園(はまちょうこうえん)のほうへぬけています。明治座のある清洲橋通りの手前には、旧浜町川の跡にできた浜町緑道(はまちょうりょくどう)があり、木々が植えられて、地元の人の憩いの場になっています。
人形町通りには、火の見やぐらをデザインした時計台や、洒落(しゃれ)た道しるべがあると、中央区観光協会が紹介しています。人形町には、安産・子授けの神様をまつる水天宮もあります。
年中行事・お祭り
【人形町まつり】
秋に甘酒横丁で開かれています。人形町商店街三水会と甘酒横丁商店会が主催しています(中央区観光協会の案内による)。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
成立・年代
通りの名のもとになった甘酒屋「尾張屋」は、明治時代の初めごろにあったとされます。甘酒横丁商店会の発足は2009年(平成21年)1月です。
基本情報
住所
東京都中央区日本橋人形町2丁目
見学時間
お店ごとに営業時間や定休日が異なります。お出かけ前に各店の案内でご確認ください。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
最寄りは、東京メトロ日比谷線・都営地下鉄浅草線の人形町駅です。甘酒横丁商店会は、東京メトロ半蔵門線の水天宮前駅、都営地下鉄新宿線の浜町駅にも囲まれた場所と紹介しています。駅からの距離は地図でご確認ください。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
訪問記録
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