この史跡について
「幡ヶ谷(はたがや)」という地名のもとになったと伝わる、小さな池の跡です。平安時代の武将・源義家(みなもとのよしいえ)が、白旗を池で洗ったという言い伝えがあります。
池は昭和38年(1963)に埋められ、今は石碑と案内板が残るだけです。
歴史・由来
言い伝えでは、源義家が、後三年の役(1083年〜1087年)のあと、京へ上るとき、この池で源氏の白旗を洗い、そばの松にかけて乾かしたとされます。白旗は、のちに渋谷の金王八幡宮の宝物になったと伝えられ、池の水が流れる谷を「旗ヶ谷」、のちの「幡ヶ谷」と呼ぶようになった、というのが、地名の由来の話です。
ただし、この話が史実であるという証拠はなく、関東地方に多い源氏の伝説の一つとされます。
池は、肥前唐津藩の小笠原家の邸内にあった、約60平方メートルの小さな池で、自然の湧き水が神田川へ注いでいました。昭和38年(1963)に埋め立てられました。
学び・特徴
成立・年代
石碑は明治39年(1906)4月に建てられたとされる。池は昭和38年(1963)に埋め立てられた。
テーマ
歴史史跡
基本情報
住所
東京都渋谷区本町1-9-17
アクセス
京王新線の「初台」駅から、徒歩約3分から5分です。
訪問記録
記録を確認中...
コメント
コメントの投稿にはログインが必要です。
読み込み中…