タビシリ
史跡 渋谷区

春の小川の歌碑

はるのおがわのかひ

別名:春の小川、河骨川

この史跡について
小田急線の線路ぞいにある、唱歌「春の小川」の歌碑です。黒い御影石(みかげいし)の碑で、歌の景色のもとになった小川が、このあたりを流れていたとされます。 小川は、今は地下を流れる暗渠(あんきょ)になっています。

歴史・由来

「春の小川」は、大正元年(1912)に発表された文部省唱歌で、作詞は国文学者の高野辰之(たかのたつゆき)とされます。高野は、明治42年(1909)から、代々木の山谷(現在の代々木3丁目)に住んでいたと紹介されています。 歌のモデルは、河骨川(こうほねがわ)という小川とされます。河骨川は、代々木4丁目と5丁目あたりを流れ、富ヶ谷で宇田川に合流していました。名前は、コウホネという黄色い花の水草に由来すると紹介されています。 河骨川は、昭和39年(1964)の東京オリンピックの前ごろに、暗渠になりました。そのほかにも、高野の出身地・長野県の小川がモデルだという説があります。 歌碑は、昭和53年(1978)12月に、地元の篤志家(とくしか)が建て、渋谷区に寄贈したと紹介されています。

見どころ・特徴

【歌碑】 黒い御影石の碑には、歌詞が刻まれています。碑の文には、高野辰之博士が、河骨川の岸べを散策して作詞したと書かれていると紹介されています。碑のそばには、渋谷区教育委員会の解説も添えられています。 【暗渠をたどる】 小田急線の参宮橋と代々木八幡の間には、川の跡の暗渠が残ります。蛇行する小川の形を残した遊歩道になっている場所もあります。 【周辺を歩く】 代々木八幡駅の近くです。代々木八幡宮や福泉寺とあわせて歩けます。
学び・特徴
成立・年代
歌碑は昭和53年(1978)12月に建てられた。「春の小川」は大正元年(1912)発表の唱歌。
テーマ
文学ゆかり歴史
基本情報
住所
東京都渋谷区代々木5丁目
アクセス
小田急線の「代々木八幡」駅から、徒歩約5分です。東京メトロ千代田線の「代々木公園」駅からも、徒歩約4分とされます。
訪問記録

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