この史跡について
代々木八幡宮の、拝殿へ向かう参道にある碑です。明治時代に、この一帯が陸軍の練兵場(れんぺいじょう、軍隊が訓練する広場)になったとき、立ちのいた人びとが、別れを惜しんで奉納したとされます。
参道の両側にある燈籠(とうろう)の、竿石(さおいし)の部分に、碑の文字が刻まれています。
歴史・由来
碑には、「明治四十二年一月建設」と刻まれていると紹介されています。碑文の左側には、明治40年(1907)11月に陸軍の練兵場に指定されたこと、住民が、家族のように親しかった土地を離れて、それぞれ別の場所へ移ることになったことが書かれているとされます。
右側には、住民が、別れを惜しみ、地名の字(あざ)が消えてしまうことも思い、燈籠を納めて記念にする、という趣旨が刻まれているとされます。碑の下の段には、17名の人名が刻まれているとも伝えられます。
練兵場になる前の代々木は、茶畑や桑畑が広がり、人家は少なかったと紹介されています。練兵場は、のちに戦後の代々木公園へと変わりました。
見どころ・特徴
【参道の燈籠】
碑は、参道をはさんで二基ある燈籠の、竿石の部分にあるとされます。文字は、すり減って読みにくくなっていると紹介されています。
【代々木の歴史を伝える碑】
この碑は、代々木が畑と神社の里から、練兵場、そして現在の代々木公園へと変わっていく、そのはじまりの出来事を今に伝えています。
【周辺を歩く】
代々木八幡宮の境内にあります。同じ境内の代々木八幡遺跡とあわせて見学できます。
学び・特徴
成立・年代
「明治四十二年一月建設」と刻まれていると紹介される。
テーマ
歴史史跡
基本情報
住所
東京都渋谷区代々木5-1-1
見学時間
境内にあるため、参拝のときに、参道で見られます。碑は小さいため、見つけにくいことがあります。境内の開門時間は、代々木八幡宮の案内でご確認ください。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
小田急線の「代々木八幡」駅、東京メトロ千代田線の「代々木公園」駅から、徒歩約5分です。
訪問記録
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