この寺について
智泉院(ちせんいん)は、東京都中央区の日本橋茅場町(かやばちょう)にある天台宗(てんだいしゅう)のお寺です。江戸時代には「茅場町の薬師様」と呼ばれ、人々の篤(あつ)い信仰を集めました。
日枝神社(ひえじんじゃ)の境外摂社(けいがいせっしゃ)で、山王御旅所(さんのうおたびしょ)とも呼ばれる神社のすぐ裏手に建っています。
境内には、昭和2年(1927年)につくられた大きな銅造(どうぞう)の地蔵菩薩立像(じぞうぼさつりゅうぞう)と、江戸時代の鉄製の天水鉢(てんすいばち)があります。どちらも中央区の文化財に登録されています。
歴史・由来
江戸時代の初め、寛永(かんえい)年間(1624年から1644年)に、この場所は日枝神社のお祭りで神輿(みこし)が渡ってくる「山王御旅所」と定められました。その中に、別当寺(べっとうじ、神社のお世話をするお寺)として薬師堂(やくしどう)が建てられたのが、智泉院のはじまりです。堂には、山王権現(さんのうごんげん)の本地仏(ほんじぶつ、神さまの本当の姿とされた仏さま)である薬師如来(やくしにょらい)がまつられていました。
病気の回復や長生きを願う薬師信仰が広まり、江戸の人々は「茅場町の薬師様」と呼んで親しみました。薬師の縁日(毎月8日と12日)には夕方から多くの人が訪れ、門前では植木や盆栽の市もにぎわったと、中央区のページで紹介されています。「茅場町の夕薬師」という言い方で句にも詠まれました。
明治のはじめ、神仏分離(しんぶつぶんり)によって、智泉院は御旅所の中から独立しました。明治の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)をはじめとする苦難のなかで、昔の本尊だった木造の薬師如来坐像(ざぞう、室町時代の作)は、神奈川県川崎市の天台宗のお寺、等覺院長徳寺(とうかくいんちょうとくじ)へ移されて安置されました。
その後、関東大震災のあとの区画整理などを経て、智泉院は現在の場所に建つようになりました。
見どころ・特徴
【地蔵菩薩立像】大正12年(1923年)の関東大震災で亡くなった、数百名にもおよぶ日本橋魚河岸(うおがし)の関係者の菩提(ぼだい)を弔うため、魚河岸の地蔵講(じぞうこう)が昭和2年(1927年)につくった像です。ブロンズ製で、像の高さは約235センチメートルあります。簡素な蓮華座(れんげざ)の上に立つ、僧の姿の像で、左手に如意宝珠(にょいほうじゅ)、右手に錫杖(しゃくじょう)を持っています。
作者について、中央区のページは、制作を頼まれた彫刻家で版画家の戸張孤雁(とばりこがん)の最晩年の作とも、孤雁の指図で彫刻家の喜多武四郎(きたぶしろう)がつくったとも言われると紹介しています。中央区の区民有形文化財(彫刻)として、平成7年(1995年)4月1日に登録されています。
【天水鉢】地蔵菩薩立像の前に、左右一対(2基)で置かれています。鉄製の鋳物(いもの)で、高さは約94センチメートル、上のふちの外側の直径は約97センチメートルです。天保(てんぽう)12年(1841年)4月に、坂本町(さかもとちょう)、現在の日本橋兜町(かぶとちょう)の有志が奉納したもので、世話人8名の名前も刻まれています。
天水鉢とは、江戸時代に火事に備えて雨水をためておく容器で、屋根の上や軒先、町角などに置かれました。つくったのは、深川上大島町(ふかがわかみおおしまちょう、現在の江東区大島)に工房をかまえていた鋳物師(いもじ)の釜屋七右衛門(かまやしちえもん、通称「釜七」)です。中央区の区民有形民俗文化財として、平成5年(1993年)4月1日に登録されています。
【山王御旅所のとなり】日枝神社の境外摂社は、千代田区永田町にある本社とは別の場所にまつられた神社です。智泉院は、道路をはさんだ東側の、そのすぐ裏手に建っています。明治のはじめに分かれるまで、薬師堂は御旅所の中にありました。
【周辺を歩く】隣り合う日枝神社の境外摂社(山王御旅所)とあわせて訪ねると、神社とお寺がひとつの場所にあった江戸時代の姿を思い浮かべやすくなります。地蔵菩薩立像をつくった魚河岸については、日本橋魚河岸跡の紹介もあわせてご覧ください。
年中行事・お祭り
江戸時代には、薬師の縁日(毎月8日と12日)の夕方から多くの人が参詣に訪れ、門前で植木や盆栽の市が開かれてにぎわったと、中央区のページで紹介されています。現在の縁日や植木市の開催については、確認できていません。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
宗派・寺格
銅造地蔵菩薩立像は、中央区の区民有形文化財(彫刻)で、平成7年(1995年)4月1日に登録されました。
智泉院の天水鉢(1対)は、中央区の区民有形民俗文化財で、平成5年(1993年)4月1日に登録されました。
どちらも中央区が行う登録で、国や東京都の指定ではありません。
創建
寛永年間(1624年から1644年)に、山王御旅所の中の別当寺の薬師堂として建てられたと、中央区のページにあります。
基本情報
住所
東京都中央区日本橋茅場町1丁目5番13号
参拝時間
お出かけ前に直接お問い合わせください。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
地図でご確認ください。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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