タビシリ
寺 御朱印高野山真言宗の準別格本山。江戸三十三観音札所の第5番。 中央区

大安楽寺

だいあんらくじ

この寺について
大安楽寺(だいあんらくじ)は、東京都中央区の日本橋小伝馬町(にほんばしこでんまちょう)にある、高野山真言宗(こうやさんしんごんしゅう)のお寺です。東京メトロ日比谷線の小伝馬町駅のすぐそばにあります。 この一帯は、江戸時代に幕府の伝馬町牢屋敷(てんまちょうろうやしき)があった場所です。大安楽寺は、明治になってから、牢屋敷で亡くなった人々の霊をなぐさめるために建てられたお寺です。 江戸三十三観音札所(えどさんじゅうさんかんのんふだしょ)の第5番にも数えられ、御朱印の授与も行われています。

歴史・由来

【牢屋敷の跡地に建てられたお寺】 大安楽寺のある一帯には、江戸時代、伝馬町牢屋敷がありました。2600坪を超える広さの牢屋で、慶長年間(1596年から1615年)にこの地に移され、江戸町奉行(えどまちぶぎょう)の支配になったと、中央区観光協会は紹介しています。幕末の安政の大獄(あんせいのたいごく)では、吉田松陰(よしだしょういん)や橋本左内(はしもとさない)らが入れられ、この地で処刑されたと、寺の公式サイトは伝えています。 牢屋敷は明治8年(1875年)に市ヶ谷(いちがや)の囚獄(しゅうごく)ができて廃止されました。その後、処刑場だった土地は人々に忌(い)み嫌われ、荒れ地のまま残っていたと、寺の公式サイトにあります。 【お寺ができるまで】 寺の公式サイトによると、明治5年(1872年)ごろ、麻布(あざぶ)の五大山不動院(ごだいさんふどういん)の住職だった山科俊海(やましなしゅんかい)大僧正が、処刑場の跡で火の玉を見たことをきっかけに、非業(ひごう)の死をとげた人々を弔(とむら)う寺の建立を願い出たとされています。 建立の資金は、大倉喜八郎(おおくらきはちろう)や安田善次郎(やすだぜんじろう)らの寄進で集まりました。寺名は、大倉の「大」、安田の「安」、そして安楽を願う思いに由来すると、寺の公式サイトは紹介しています。

見どころ・特徴

【延命地蔵尊と慰霊碑】 寺の公式サイトの歴史のページでは、処刑場の跡に建てられた石仏の延命地蔵尊(えんめいじぞうそん)が紹介されています。刑死した人々の霊をなぐさめ、平和を祈って祀(まつ)られているとのことです。境内には慰霊碑もあります。 【弘法大師・十一面観音・江戸八臂弁財天】 公式サイトの御朱印のページには、弘法大師(こうぼうだいし)、十一面観世音菩薩(じゅういちめんかんぜおんぼさつ)、江戸八臂弁財天(えどはっぴべんざいてん)の名が挙げられています。また、江戸三十三観音札所の第5番であることも案内されています。 【護摩祈祷】 本堂では、所願成就(しょがんじょうじゅ)、厄除け、家内安全、開運招福などを祈る護摩祈祷(ごまきとう)が行われています。 【周辺を歩く】 大安楽寺のある一帯は、伝馬町牢屋敷跡として東京都の旧跡に指定されています。中央区は、牢屋敷の跡は十思公園(じっしこうえん)、十思スクエア(旧十思小学校)、大安楽寺、身延別院(みのぶべついん)などになっていると紹介しています。 十思公園には、吉田松陰の句碑や「吉田松陰終焉之地」の碑などがあると、寺の公式サイトは紹介しています。
年中行事・お祭り
寺の公式サイトのお知らせでは、盂蘭盆施餓鬼大法会(うらぼんせがきだいほうえ)と秋彼岸大法会(あきひがんだいほうえ)が案内されています。 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

作品ゆかり
寺の公式サイトの掲載記録には、大河ドラマ「べらぼう」第39回、「出没!アド街ック天国」第1位(2025年2月8日放送)のほか、『江戸三十三観音札所案内』『散歩の達人』『東京の仏像めぐり』などの書籍・雑誌が挙げられています。
学び・特徴
宗派・寺格
高野山真言宗の準別格本山。江戸三十三観音札所の第5番。
創建
明治8年(1875年)創建。寺の公式サイトによる。ほかの紹介には明治15年(1882年)とするものもある。
基本情報
住所
東京都中央区日本橋小伝馬町3-5
参拝時間
お出かけ前に直接お問い合わせください

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
東京メトロ日比谷線の小伝馬町駅4番出口からすぐです(寺の公式サイトの案内)。都営新宿線の馬喰横山駅、JR総武本線の馬喰町駅も徒歩圏内と案内されています。
参拝記録

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