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史跡 江東区

羅漢寺跡

らかんじあと

この史跡について
羅漢寺跡(らかんじあと)は、江東区大島にある、江戸時代の五百羅漢寺(ごひゃくらかんじ)の跡です。五百羅漢寺はのちに目黒区へ移り、今は目黒区下目黒にあります。 江東区は、この場所を区の史跡として登録しています。

歴史・由来

【江戸の五百羅漢寺】 五百羅漢寺は、松雲元慶(しょううんげんけい)が中心となって、本尊と五百羅漢の像など536体を彫ったと、目黒区の案内にあります。江戸時代には、いまの大島のあたりにあったお寺です。 紹介によると、安政2年(1855)の地震をきっかけに、お寺は勢いを失っていったそうです。 【目黒への移転と、跡地のお寺】 お寺はその後、目黒区下目黒へ移りました。目黒区の案内には、移った年を明治41年(1908)とする記述があります。 跡地には、明治36年(1903)に曹洞宗(そうとうしゅう)の祥安寺(しょうあんじ)が氷川村(ひかわむら)から移されました。祥安寺は昭和11年(1936)に、かつての寺にちなんで「羅漢寺」と名を改め、今も大島にあります。 【像は今も残る】 目黒区の五百羅漢寺に伝わる木造釈迦三尊及び五百羅漢等像(もくぞうしゃかさんぞんおよびごひゃくらかんとうぞう)は、東京都の指定有形文化財(彫刻)です。指定は昭和45年(1970)8月3日です。

見どころ・特徴

【今の羅漢寺】 同じ大島にある曹洞宗の羅漢寺は、跡地に移された祥安寺が名を改めたお寺です。江戸時代の黄檗宗(おうばくしゅう)の五百羅漢寺とは別のお寺なので、訪ねるときは名前が同じでも別物と覚えておくと歩きやすくなります。 【羅漢像に会いに行く】 江戸の羅漢像そのものは、目黒区の五百羅漢寺で見られます。こちらは、跡地で想像した江戸の景色と見くらべる楽しみがあります。 【周辺を歩く】 猿江の小名木川橋(おなぎがわばし)の北詰には、五百羅漢道標(ごひゃくらかんどうひょう)があります。大島の羅漢寺や亀戸天神社へ参る人の案内をした石の道標で、江東区の有形民俗文化財です。江戸の人びとがこのあたりの羅漢寺をめざして歩いた道筋を思い浮かべられます。 【訪ねかた】 跡地に碑や説明板があるかどうかは、確認できていません。地図で場所を確かめてから歩くと安心です。
学び・特徴
指定・選定
江東区の史跡として登録(1981年4月10日登録。2023年11月10日に名称変更)
基本情報
住所
東京都江東区大島3-1、4-5付近
見学時間
屋外の跡地です。見学できる時間の制限は確認できていません。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
最寄りは、都営地下鉄新宿線の西大島駅と紹介されています。徒歩の時間は確認できていないため、地図でご確認ください。
訪問記録

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