この神社について
琵琶湖に浮かぶ竹生島(ちくぶしま)に鎮座する古社。「竹生島神社」とも呼ばれる。市杵島比売命(いちきしまひめのみこと。弁財天)ら四柱を祀り、日本三大弁財天の一つに数えられる。慶長7年(1602)に豊臣秀頼が伏見城の建物を移して造らせた本殿は国宝。同じ島に宝厳寺(ほうごんじ)が並び立ち、神と仏が隣り合う島になっている。
歴史・由来
この社を読み解く鍵は、島がまるごと信仰の場だった、ということにある。
社伝によれば、雄略天皇3年(459)に浅井比売命(あざいひめのみこと)を祀る小さな祠が建てられたのが始まりとされる。神亀元年(724)には市杵島比売命が祀られ、天平3年(731)には聖武天皇が参拝して社殿が新しく建てられたと伝わる。延長5年(927)にまとめられた『延喜式神名帳』には「都久夫須麻神社」の名が見える。
中世には弁財天への信仰が高まり、神と仏の区別をつけない当時の習わしのなかで、この島は「竹生島権現」として社も寺も一体のものとして扱われた。島へ渡ること自体が参拝だった。
現在の本殿が建ったのは慶長7年(1602)。豊臣秀頼が片桐且元(かたぎりかつもと)を普請奉行として、伏見城の日暮御殿(ひぐらしごてん。勅使殿)を移築したと伝わる。桃山時代の城の御殿が、そのまま湖の島の社殿になったわけである。
転機は明治元年(1868)の神仏分離だった。大津県庁は竹生島権現宝厳寺を廃寺にして、社名を『延喜式神名帳』にある「都久夫須麻神社」へ戻すよう命じる。しかし宝厳寺は廃寺を免れ、結果として社と寺が同じ島に並び立つことになった。明治7年(1874)に境界が定められ、明治16年(1883)には財産が区別されて、今の形が固まった。神社は明治4年(1871)に郷社、明治32年(1899)に県社に列し、昭和28年(1953)には本殿が国宝に指定されている。
見どころ・特徴
【本殿(国宝)】慶長7年(1602)、豊臣秀頼が伏見城の日暮御殿を移したと伝わる。狩野光信(かのうみつのぶ)の筆と伝えられる襖絵、花や草木を描いた格天井(ごうてんじょう)、黒漆塗りの長押(なげし)にほどこされた金蒔絵と金具。桃山時代の装飾が濃密に残る。昭和28年(1953)に国宝に指定された。
【かわらけ投げ】拝殿から琵琶湖に向かって、素焼きの小皿(かわらけ)を投げる。二枚のうち一枚に名前、もう一枚に願いを書き、湖岸に立つ鳥居をくぐれば願いが叶うという。『平家物語』にも登場する拝殿からの眺めがそのまま的になる。
【竜神拝所】八大竜王を祀る拝所。琵琶湖が大きく開ける。
【境内社】天忍穂耳神社(あめのおしほみみじんじゃ)、厳島江島神社(いつくしまえのしまじんじゃ)、大己貴神社(おおなむちじんじゃ)が鎮座する。
【訪ねかた】港から社殿までは石段を上る。船の便が限られるので、島にいられる時間は発着の時刻で決まる。同じ島の宝厳寺(西国三十三所 第30番札所)とあわせて回るのが、この島の歩き方になる。
年中行事・お祭り
【歳旦祭】例年1月1日。
【節分祭】例年2月3日。
【竹生島祭】例年6月10日から15日。この期間に三社祭(6月10日)、竜神祭(6月14日)、例大祭(6月15日)が営まれる。
【童子迎え神事】例年8月6日・7日。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
主祭神
市杵島比売命宇賀福神浅井比売命龍神
社格
式内社(小)/旧県社(明治4年〈1871〉郷社、明治32年〈1899〉県社)/本殿は国宝(昭和28年〈1953〉指定)
創建
社伝では雄略天皇3年(459)
ご利益
金運商売繁盛五穀豊穣厄除け
テーマ
海・湖畔パワースポット
基本情報
住所
滋賀県長浜市早崎町1665
参拝時間
竹生島に上陸して拝観する場合、入島拝観料が必要。大人(中学生以上)600円、小人300円。宝厳寺と共通。
島での滞在時間は船の発着時刻で決まる。なお冬季は社務所が閉まり、御朱印の記帳や授与品を受けられない期間がある(近年は12月から3月上旬、正月三が日を除く)。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
長浜港から琵琶湖汽船の竹生島クルーズで約35分、今津港から約25分。彦根港などからの航路もある。竹生島港から社殿までは石段を上って徒歩数分。乗船料は長浜航路が往復で大人3,800円・小学生1,900円、今津航路が往復で大人3,400円・小学生1,700円。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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