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神社旧社格は無格社。浅草神社の兼務社。 台東区

宝珠稲荷神社

ほうじゅいなりじんじゃ

別名:寳珠稲荷神社(ほうじゅいなりじんじゃ)

この神社について
台東区清川2丁目の住宅地にある稲荷神社です。倉魂稲命(うかのみたまのみこと)をお祀りしています。浅草神社の兼務社(けんむしゃ、神職が兼ねて奉仕する神社)です。 境内の掲示によると、戦国時代の天正17年(1589)には、浅草町の人びとが守る稲荷として祀られていました。町とともに何度も場所を移りながら、江戸、明治、大正、昭和と守られてきた神社です。

歴史・由来

この神社の歴史は、浅草町の人びとの暮らしの移り変わりそのものです。以下は、境内の掲示と東京都の神社名鑑による内容です。 天正17年(1589)9月、浅草町で観音市(かんのんいち)が開かれました。その取り締まりのため、小田原の北条氏から町に「禁制(きんぜい、守るべき決まりを書いた文書)」が出されています。このとき、浅草町には宝珠稲荷社が祀られ、町の人びとが守っていたと伝えられます。創建の年代は、はっきりしていません。 万治元年(1658)に、屋敷跡が幕府の用地になり、本所亀戸村に替わりの土地が与えられました。そして天和2年(1682)10月、名主(なぬし)と町の人びとのお願いが聞き入れられ、現在地を含む旧浅草町の全域に替わりの土地が与えられます。神社は奉行所の特別な指示で、浅草寺の除地(じょち)が与えられたとされます。 明治35年(1902)には、隣の土地を氏子から譲り受けて境内を広げました。大正12年(1923)の関東大震災で社殿や木々の多くが焼けましたが、新しい拝殿が建てられ、寄進されます。昭和の初めの区画整理で土地は小さくなりましたが、境内の大半は残り、向きだけが西向きから南向きに変わりました。昭和20年(1945)の東京大空襲では、境内の建物は焼けずに残ったとされています。

見どころ・特徴

【町とともに移った神社】 鳥居と社殿が静かに建つ、小さな境内の神社です。案内の掲示には、禁制から替わり地、大震災と区画整理まで、この町の歩みが書かれています。一枚ずつ読んでいくと、江戸から昭和の浅草町の移り変わりが少しずつ見えてきます。 【浅草神社の兼務社】 この神社は浅草神社が兼務する社のひとつです。浅草神社や浅草寺のにぎわいと見比べると、同じ浅草の信仰が、大きな社寺から町の小さな社までつながっていることがわかります。 【周辺を歩く】 同じ清川2丁目には、玉姫稲荷神社があります。ふたつの稲荷を続けて訪ねてみるのもおすすめです。
年中行事・お祭り
【例祭・初午祭】 例年2月の初午(はつうま)のころに行われるとされています。 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
主祭神
倉魂稲命
社格
旧社格は無格社。浅草神社の兼務社。
創建
創建年代は不詳。天正17年(1589)には、浅草町に祀られていたことが境内の掲示に記されています。
テーマ
稲荷下町歴史
基本情報
住所
東京都台東区清川2-15-1
アクセス
南千住駅(JR常磐線・東京メトロ日比谷線・つくばエクスプレス)から徒歩約9分です。東京メトロ日比谷線の三ノ輪駅からは徒歩約12分とされます。 バスは、「清川二」バス停が近くです。
参拝記録

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