この神社について
天津彦根命(あまつひこねのみこと)・天目一箇命(あめのまひとつのみこと)を祀る、延喜式神名帳に「名神大社」と記された古社。別称「北伊勢大神宮」と呼ばれ、伊勢神宮とあわせて参拝する慣わしで知られる。5月の多度祭「上げ馬神事」は700年以上続くと伝わる神事だが、近年は馬の安全性をめぐる見直しが進められている。
歴史・由来
多度大社を理解する鍵は、「北伊勢大神宮(きたいせだいじんぐう)」の異名にある。三重県桑名市の多度山(標高403メートル)の麓に鎮座し、社伝では雄略天皇(ゆうりゃくてんのう)の御代の創建と伝わるが、正確な創建年を示す史料はなく、古代の鎮座であること以上は分かっていない。
祭神は天津彦根命(あまつひこねのみこと)。天照大御神(あまてらすおおみかみ)の御子神とされ、伊勢神宮内宮の主祭神・天照大御神と血縁にあたることから、「伊勢神宮の弟宮(おとうとみや)」のような位置づけで語られてきた。「お伊勢参らばお多度もかけよ、お多度かけねば片参り」という俗謡が古くから伝わり、伊勢参りとあわせて多度大社に参拝する習わしが今も残る。別宮には天目一箇命(あめのまひとつのみこと)を祀る。
平安時代の延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)には「多度神社」が最高格の「名神大(みょうじんだい)」として記されている。
元亀2年(1571年)、織田信長(おだのぶなが)による長島一向一揆(ながしまいっこういっき)討伐に伴う兵火で社殿を焼失した。その後、慶長10年(1605年)、桑名藩主となった本多忠勝(ほんだただかつ)の力添えで再建された。現在の社殿の多くは、江戸後期から明治期にかけて整えられたもの。
多度祭の「上げ馬神事(あげうましんじ)」は、暦応年間(りゃくおうねんかん、1338年〜1342年)にさかのぼるとされる、700年以上続く神事で、三重県指定無形民俗文化財となっている。若者が馬に乗って急な坂を駆け上がり、その成否でその年の豊凶を占うとされてきた。ただし近年、馬が坂を登り切れずに骨折し、死亡する事故が相次いで報じられ、動物福祉の観点から見直しを求める声が強まっている。三重県教育委員会は令和5年(2023年)8月、神事の実施方法について改善を求める勧告を行い、令和6年(2024年)には坂の土壁を取り除き、より緩やかな傾斜に改修して開催された。伝統をどう継承していくか、地域でも議論が続いている。
見どころ・特徴
【山を背にした社殿】参道は短いが、本殿の背後に多度山(たどさん)がそびえ、山そのものへの信仰を感じさせる。社殿は江戸後期から明治期の建立で、神明造(しんめいづくり)に近い様式。
【上げ馬神事】毎年5月4日・5日の多度祭で行われる、700年以上続くと伝わる神事。三重県指定無形民俗文化財。近年は馬の安全確保をめぐる見直しが進められており、令和6年(2024年)以降は坂の形状を改修した形で実施されている。
【あわせて訪ねたい】「お伊勢参らばお多度もかけよ」の言い伝えから、伊勢神宮の参拝とあわせて訪れる人が多い(伊勢神宮までは車で約1時間半)。近隣の養老の滝とあわせて巡るのもよい。
学び・特徴
主祭神
天津彦根命天目一箇命
社格
式内名神大社・国幣大社・別表神社
創建
創建年は不詳(古代の鎮座)。社伝では雄略天皇(ゆうりゃくてんのう)の御代の創建と伝わる。
ご利益
五穀豊穣家内安全商売繁盛
テーマ
パワースポット
基本情報
住所
三重県桑名市多度町多度1681
アクセス
養老鉄道「多度」駅から徒歩約20分(桑名市コミュニティバスも利用可)。車の場合、東名阪自動車道「桑名東IC」から約10分。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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