TabiShiri
神社 御朱印 鎌倉市

鎌倉宮

かまくらぐう

この神社について
明治天皇の勅命により、護良親王を祭神として創建。大塔宮とも呼ばれる。身代わり守や縁切り厄除けで有名。

歴史・由来

明治2年(1869)、明治天皇の勅命によって創建された、比較的新しい神社。だが祀られている神は、南北朝の激動を生きた悲劇の皇子・護良親王(もりよししんのう)である。 護良親王は後醍醐天皇の第三皇子。父の倒幕計画に呼応し、僧籍にあった身ながら還俗、自ら兵を率いて鎌倉幕府打倒の中心となった。元弘3年(1333)の幕府滅亡後は征夷大将軍に任じられたが、武家政権の樹立を目論む足利尊氏と対立。讒言によって父・後醍醐天皇からも疎んじられ、建武元年(1334)、鎌倉に幽閉される。 護良親王が幽閉された土牢は、現在の鎌倉宮境内にあったとされる二階堂の薬師堂谷(やくしどうがやつ)の地。建武2年(1335)、中先代の乱の混乱の中、足利直義の命によりこの土牢で殺害された。享年28。 明治維新後、南朝こそ正統という史観に基づき、悲運の皇子の魂を慰めるべく、明治天皇自らこの地を選んで創建を命じたのが鎌倉宮である。地元では今も「大塔宮(おおとうのみや)」の親しみを込めた愛称で呼ばれている。

見どころ・特徴

鎌倉駅から徒歩約30分、または「大塔宮」行きバスの終点。鶴岡八幡宮の北東、二階堂と呼ばれる谷戸の奥に鎮座する。観光地化された鎌倉の中で、しっとりとした静寂を保つ稀有な神社。 朱と白を基調とした鳥居と社殿は、明治期の創建らしい近代的な神明造。境内には護良親王の獅子王・盃などの遺品を展示する「宝物殿」がある。 境内奥には、護良親王が幽閉されたと伝わる「土牢」がある。岩盤を掘り抜いた閉鎖空間で、わずかな採光しかなく、皇子がここで非業の最期を迎えたかと思うと、訪れる者に深い感慨を呼び起こす。明治以降、長く立ち入りが制限されていたが、現在は拝観料を納めれば見学できる。 「身代わり様(みがわりさま)」と呼ばれる獅子頭は、護良親王が悪鬼を払う守護として兜の前立てに付けていたと伝わるもので、災難除けの御利益で広く信仰されている。 毎年8月19日、20日の例大祭「薪能(たきぎのう)」では、境内に特設の能舞台が組まれ、夕闇の中で篝火に照らされる幽玄の舞が奉納される。これは護良親王の悲運を慰める鎮魂の能で、鎌倉の夏の風物詩の一つ。
学び・特徴
主祭神
護良親王
創建
1869年(明治2年)
ご利益
厄除け勝負運
この場所を巡る軸
基本情報
住所
神奈川県鎌倉市二階堂154
参拝時間
9:00〜17:00

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
JR「鎌倉駅」よりバス「大塔宮」下車すぐ
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

記録を確認中...