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神社 御朱印別表神社 鎌倉市

鶴岡八幡宮

つるがおかはちまんぐう

神奈川県・鎌倉市の神社「鶴岡八幡宮」

くろふね, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons

この神社について
源頼朝が創建した鎌倉を代表する神社。 源氏の氏神として崇敬されてきた武家の守護神。 大石段や舞殿など歴史的建造物が並び、春の桜、秋の紅葉も見事。

歴史・由来

創建は康平6年(1063)。前九年合戦を平定した源頼義が、戦勝を感謝して京都・石清水八幡宮の分霊を由比郷鶴岡(現在の材木座海岸付近)に勧請したのが始まりとされる。 今もその地に残る「元八幡」が、由緒の出発点である。 治承4年(1180)、鎌倉入りした源頼朝は社を現在地の小林郷北山に遷し、武家政権の鎮守として整備した。 建久2年(1191)の大火で焼亡した後、頼朝は上下二宮の壮大な伽藍として再興。 武士の都・鎌倉の象徴であると同時に、社僧が常駐する神仏習合の大寺院「鶴岡八幡宮寺」として、最盛期には院家・坊が並ぶ宗教都市を成していた。 建保7年(1219)、3代将軍・源実朝が右大臣拝賀の儀の帰途、本宮の石段下で甥の公暁に暗殺される。 源氏将軍3代の血脈は、まさにこの境内で絶えた。 明治の神仏分離令で多くの仏堂・塔が破却され、現在の純然たる「神社」としての姿に整えられたのは、ようやく明治以降のことである。

見どころ・特徴

朱塗りの本宮(上宮)は文政11年(1828)、11代将軍徳川家斉の造営。 江戸後期を代表する権現造で国の重要文化財。下宮(若宮)も寛永元年(1624)の再建で、こちらも重要文化財に指定されている。 本宮へと続く61段の大石段は、源実朝暗殺の舞台そのもの。 石段脇にそびえていた樹齢千年の大銀杏「隠れ銀杏」は、平成22年(2010)早朝の強風で倒伏したが、根元から萌え出た「ひこばえ」が今も若木として育ち、再生の歩みを続けている。 参道入口の太鼓橋を抜けると現れる源平池は、頼朝の妻・北条政子の発案と伝わる。 東の源氏池には源氏の白旗を象徴する白蓮、西の平家池には平家の赤旗を象徴する紅蓮。 さらに島の数も源氏3島(産=う)、平家4島(死=し)と縁起が意識されており、勝者の意匠が随所に潜む。 舞殿は、義経を慕って静御前が舞ったと『吾妻鏡』が伝える若宮回廊跡。 9月14〜16日の例大祭では流鏑馬神事が奉納され、室町期から続く武家儀礼を間近で見ることができる。
年中行事・お祭り
【例大祭・流鏑馬神事】例年9月14〜16日 源頼朝が1187年(文治3年)に始めたと伝わる、鎌倉最大の神事。 武家の都・鎌倉らしく、武術としての流鏑馬の奉納が最大の見どころとなる。 烏帽子・直垂に狩装束の射手が、疾駆する馬上から3つの的を次々と射抜く姿は、頼朝の時代の武家儀礼をそのまま現代に伝える。 【ぼんぼり祭】 例年8月上旬・立秋の頃/段葛から本殿前まで、著名人が描いた約400本の絵ぼんぼりが並ぶ、夏の夜の風物詩。夕暮れとともに灯りが入り、境内が幽玄な光の回廊に変わる。 川端康成・小津安二郎ら鎌倉ゆかりの文化人が描いたものもあり、鎌倉文士の系譜を辿れる。 【正月神事】 例年1月5日/年始の「除魔神事」で、頼朝以来の武家の神事「大的式」が奉納される。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

ゆかりの食・参道の名店2 件
  • 鳩サブレー(豊島屋)

    鶴岡八幡宮の象徴である「鳩」を象った、鎌倉の代名詞的な洋風焼き菓子。 1897年(明治30年)創業の豊島屋が、鶴岡八幡宮の神使である鳩をモチーフに、当時まだ珍しかったバターを使って考案した。「サブレー」の名は初代店主が耳で聞いたフランス語を音写したことから。缶入り土産の定番中の定番。
  • 小町通り・段葛の甘味処

    鶴岡八幡宮参道の段葛周辺には老舗和菓子・甘味処が集中。 「鎌倉五郎本店」の麦田餅、「鎌倉紅谷」のクルミッ子、「井上蒲鉾店」の板わさなど、鎌倉を訪れたら参拝と合わせて楽しめる名物が並ぶ。

※ 営業時間・定休日は変わることがあります。各店の公式情報でご確認ください。

学び・特徴
主祭神
応神天皇比売神神功皇后
社格
別表神社
創建
1063年(源頼朝が現在地に遷座)
ご利益
勝負運厄除け家内安全
テーマ
桜紅葉
基本情報
住所
神奈川県鎌倉市雪ノ下2-1-31
参拝時間
参拝自由(社務所 8:30〜17:00)

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
JR・江ノ電「鎌倉駅」東口より徒歩10分
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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