この寺について
禅定院(ぜんじょういん)は、東京都練馬区石神井町(しゃくじいまち)にある真言宗智山派(しんごんしゅうちざんは)の寺です。山号は照光山(しょうこうざん)、寺号は無量寺(むりょうじ)で、本尊は阿弥陀如来(あみだにょらい)です。
江戸の弘法大師(こうぼうだいし)霊場、御府内八十八ヶ所(ごふないはちじゅうはちかしょ)の第70番札所(ふだしょ)で、練馬区の登録文化財を伝える寺でもあります。明治のはじめには、区内で最初の公立小学校がここに開かれました。
歴史・由来
【お寺が学び舎になった時代】
禅定院は、お寺であると同時に、地域の学びの場でもあった寺です。明治7年(1874)、現在の練馬区立石神井小学校の前身にあたる豊島(としま)小学校が、この寺に開かれました。区内で最初の公立小学校だったと紹介されています。
【開山の伝え】
寺の伝えでは、約600年前に願行上人(がんぎょうしょうにん)が開いたとされます。境内には、南北朝時代の応安(1368〜75)・至徳(1384〜87)の年号を刻む板碑(いたび)があり、古い歴史をうかがわせます。ただし、文政年間(1818〜30)の火災で記録が焼けたため、創建の年代は確かめられていません。
【火災からの再建】
火災のあと、天保4年(1833)に本堂が再建され、天保7年(1836)には鐘楼(しょうろう)や山門なども再建されました。現在の本堂は、昭和53年(1978)に完成したとされています。
【御府内八十八ヶ所の札所として】
御府内八十八ヶ所は、宝暦5年(1755)ごろに開創されたと伝わる、江戸の弘法大師霊場です。禅定院はその第70番札所です。
見どころ・特徴
【石幢六面六地蔵】
門前の堂にまつられる、享保元年(1716)の銘がある石幢(せきどう)です。六角の柱の各面に、地獄・餓鬼(がき)・畜生・修羅(しゅら)・人間・天上の六つの世界で人々を救うという六体のお地蔵さまが彫られています。練馬区の登録文化財(平成8年度登録)です。
【キリシタン燈籠とも呼ばれる織部燈籠】
寛文13年(1673)の銘がある石燈籠で、裏面に長い衣を着た立像が彫られていることから「キリシタン燈籠」とも呼ばれます。練馬区の登録文化財で、笠と火袋は失われています。
【いぼとり地蔵】
墓地の入口にあり、いぼの治りを願って参拝されるお地蔵さまです。土の団子を供えて祈り、治ったらお礼に米の団子を供える、といういわれが紹介されています。
【板碑と大宝篋印塔】
境内には南北朝時代の板碑があります。鐘楼の前の大宝篋印塔(だいほうきょういんとう)は、石神井村の光明真言講(こうみょうしんごんこう)の人びとが建てたと紹介されています。
【江戸時代の鏡】
寺には江戸時代後期の銅鏡「橘紋椿几帳柄鏡(たちばなもんつばききちょうえかがみ)」が伝わり、練馬区の登録文化財(平成11年度登録)です。こちらは非公開で、見学はできません。
【訪ねかた】
山門が閉まっているときは、脇の入口から参拝できたという参拝記があります。御朱印(ごしゅいん)は、手書きでいただけたという参拝記がある一方、授与していないとする案内もあります。授与の有無は寺へ直接お問い合わせください。
【周辺を歩く】
石神井公園が近く、参拝記には寺の裏手に石神井池が広がるとあります。石神井台には第16番の三宝寺(さんぽうじ)があります。
学び・特徴
本尊
阿弥陀如来
宗派・寺格
真言宗智山派/御府内八十八ヶ所 第70番/豊島八十八ヶ所 第70番(案内サイトによる)/練馬区登録文化財(石幢六面六地蔵 平成8年度、橘紋椿几帳柄鏡 平成11年度、織部燈籠)
創建
約600年前に願行上人が開いたと伝えられる(創建年は不明。境内に南北朝時代の板碑がある)。
テーマ
霊場・巡礼
基本情報
住所
東京都練馬区石神井町5-19-10
参拝時間
参拝できる時間や御朱印の受付時間は、お出かけ前に寺へ直接お問い合わせください。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
【電車】西武池袋線の石神井公園駅から徒歩11分ほどです(練馬区の案内による)。
【車】境内に駐車場があるという参拝記があります。台数や利用できる時間は、お出かけ前に寺へ直接お問い合わせください。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
記録を確認中...