この寺について
延命院(えんめいいん)は、台東区元浅草(もとあさくさ)にある真言宗智山派(しんごんしゅうちさんは)の寺で、山号は玉龍山(ぎょくりゅうざん)です。御府内八十八ヶ所の第51番札所になっています。
江戸の町を焼いた明暦の大火(めいれきのたいか)のあとに、今の場所へ移ったと伝わる寺です。浅草通りから路地を入ったところにあり、同じ元浅草には、ほかにも御府内八十八ヶ所の札所が集まっています。
歴史・由来
【名前が変わった寺】
延命院の歴史は、「延寿院」から「延命院」へ寺の名が改まった出来事と、大火のあとの移転という二つの節目で読めます。
創建の年は伝わっていません。室町時代の文安元年(1444)に、讃岐国(さぬきのくに)出身と伝わる義観(ぎかん)という僧が開いたとする説があります。はじめは延寿院(えんじゅいん)と号し、今の元浅草ではなく、江戸の別の町にあったとされます。
元和年間(1615年から1624年)に、延命院へ改められたと伝わります。幕府の典薬頭(てんやくのかみ)だった延寿院道三(えんじゅいんどうさん)と同じ名だったためといい、二代将軍の徳川秀忠(とくがわひでただ)の命とする説明もあります。
【大火のあとの移転】
明暦3年(1657)の明暦の大火のあとに現在地へ移り、境内700坪を与えられたと伝わります。江戸の大塚護持院(ごじいん、のちの護国寺)の末寺でした。
【弁才天の伝え】
かつては、水晶弁天(すいしょうべんてん)と呼ばれる弁才天像(べんざいてんぞう)を安置したと伝わります。弘法大師(こうぼうだいし)が天長5年(828)に彫った二体の弁才天のうちの一体とする伝えがありますが、関東大震災と東京大空襲で失われたとされます。
見どころ・特徴
【弘法大師の石碑と像】参拝記によると、門のわきに、御府内八十八ヶ所の霊場であることを示す弘法大師の石碑があります。山門を入ると、右手すぐに弘法大師の像が立っています。
【境内の石仏】境内には、弘法大師御遠忌(ごおんき)一千百年の供養碑があります。延命地蔵菩薩(えんめいじぞうぼさつ)の像が二体並ぶほか、小ぶりな石像もまつられています。
【周辺を歩く】同じ元浅草には、第43番の成就院(じょうじゅいん)、第45番の観蔵院(かんぞういん)、第60番の吉祥院(きっしょういん)、第61番の正福院(しょうふくいん)、第82番の龍福院(りゅうふくいん)も札所として集まっています。あわせて巡るのも楽しみです。
【訪ねかた】参拝記には、御朱印は庫裏(くり)の玄関でチャイムを鳴らして受け付けているとあります。受付の時間や方法は、お出かけ前に寺へ直接お問い合わせください。
学び・特徴
宗派・寺格
真言宗智山派/御府内八十八ヶ所 第51番/荒川辺八十八ヶ所 第82番(参拝サイトによる)
創建
創建年は不詳。文安元年(1444)に義観が開いたとする説があります。元和年間(1615年から1624年)に延寿院から延命院に改称、明暦3年(1657)の大火後に現在地へ移転と伝わります。
テーマ
霊場・巡礼
この場所を巡る軸
めぐりコース
基本情報
住所
東京都台東区元浅草4-5-2
参拝時間
参拝できる時間や御朱印の受付時間は、お出かけ前に寺へ直接お問い合わせください。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
【電車】最寄り駅は、稲荷町駅や新御徒町駅です。徒歩の時間は、公式の案内を確認できていません。稲荷町駅の2番出口から浅草通りを浅草寺方面へ進み、松が谷1丁目と元浅草4丁目の信号の中間の路地を右に入るとすぐ、という参拝記の案内があります。
【車】駐車場の有無は確認できていません。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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