この寺について
顕性寺(けんしょうじ)は、東京都新宿区須賀町(すがちょう)にある真言宗豊山派(しんごんしゅうぶざんは)の寺です。山号(さんごう)は金剛山(こんごうさん)、院号は蓮華院(れんげいん)、本尊は大日如来(だいにちにょらい)と紹介されています。
御府内八十八ヶ所(ごふないはちじゅうはちかしょ)の第44番札所で、弘法大師(こうぼうだいし)が文字を彫ったと伝わる「俎板大師(まないただいし)」を寺宝にもちます。江戸城の外堀の工事で移ってきた歴史がある、四谷の寺町の寺です。
歴史・由来
【外堀の工事で動いた寺】
顕性寺の歴史は、江戸城の整備にともなって寺が移ってきた歩みと、火災から立ち直っていく時期の長さで読み解けます。
慶長16年(1611)、法印(ほういん)の位をもつ僧が牛込(うしごめ)門外に寺を開いたと伝わります。はじめは中野の宝仙寺(ほうせんじ)の末寺で、のちに音羽(おとわ)の護国寺(ごこくじ)の末寺になったとされます。
江戸城の外堀を掘る工事のために用地が召し上げられ、寛永11年(1634)に現在地へ移りました(寛永13年・1636とする記述もあります)。このあたりは、寺が集まる四谷南寺町(よつやみなみてらまち)と呼ばれる町でした。
【火災のあとの歩み】
享保10年(1725)に青山の出火で伽藍(がらん)を焼き、文政年間(1818〜1831)の記録でも大きな建物にはなっておらず、仮堂のままの時期が長く続いたと伝わります。そうした中で、過去帳(かこちょう)は天和2年(1682)以来のものが現在まで残っていると、『四谷區史(よつやくし)』にあります。
【俎板大師の寄進】
寺宝の俎板大師は、弘法大師が土佐国高岡郡(とさのくにたかおかぐん)を旅したとき、宿を貸してくれた家へのお礼として、まな板に「南無阿弥陀仏」の文字を彫ったものと伝えられます。
のちに料亭「鳥八十」の所有となり、昭和9年(1934)の弘法大師の千百年の遠忌(おんき、亡くなってから百年ごとの法要)にあたって、顕性寺に寄進されたとされます。
見どころ・特徴
【御府内八十八ヶ所の道しるべ石】
寺の門を入った左手に、「御府内八十八ヶ所」「第四十四番」と刻まれた道しるべ石が建っています。棹石(さおいし)の文字面は約1メートルあり、右側面には文久2年(1862)の銘があると紹介されています。
【二階の本堂】
参拝記には、本堂は二階にあり、外の階段を上がって参拝する形で、一階は寺務所だと書かれています。参道の奥に本堂がわずかに見えるだけなので、入口の標石を目印にするとよいそうです。
【俎板大師】
寺宝として知られる像ですが、拝観できるかどうかは確認できていません。見たい場合は、お出かけ前に寺へ直接お問い合わせください。
【周辺を歩く】
新宿区の左門町(さもんちょう)には、『東海道四谷怪談(とうかいどうよつやかいだん)』ゆかりの田宮稲荷神社跡(たみやいなりじんじゃあと)があり、東京都の指定旧跡になっています。
学び・特徴
本尊
大日如来
宗派・寺格
真言宗豊山派/御府内八十八ヶ所 第44番
創建
慶長16年(1611)、賢秀(けんしゅう)法印が牛込門外で開山。寛永11年(1634)に江戸城外堀の工事のため現在地へ移転。
テーマ
霊場・巡礼
この場所を巡る軸
めぐりコース
基本情報
住所
東京都新宿区須賀町13-5
参拝時間
参拝できる時間や、御朱印・納経の受付については、お出かけ前に寺へ直接お問い合わせください。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
【電車】東京メトロ丸ノ内線の四谷三丁目駅が最寄りです。
【車】専用駐車場の有無は確認できませんでした。お出かけ前に寺へ直接お問い合わせください。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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