この寺について
三念寺(さんねんじ)は、東京都文京区本郷(ほんごう)にある真言宗豊山派(しんごんしゅうぶざんは)の寺です。山号(さんごう)は薬王山(やくおうざん)、院号(いんごう)は遍照院(へんじょういん)で、薬師如来(やくしにょらい)を本尊として祀るとされています。
御府内八十八ヶ所(ごふないはちじゅうはちかしょ)の第34番札所です。江戸時代の記録や明治の資料にも名が出てくる寺で、場所や由来の伝わり方をたどる楽しみがあります。
歴史・由来
【ふたつの記録が伝える始まり】
三念寺の由来は、残る記録によって語り方が少し違います。その違いを並べて読むと、この寺がたどってきた道すじが見えてきます。
寺の略縁起(りゃくえんぎ、由来を短くまとめた文)では、文明年間(1469〜1487)にひとりの修行者が草堂(そうどう、草ぶきの小さなお堂)を結び、遍照院と名づけたのが始まりとされます。文明4年(1472)に現在の千代田区五番町の三年坂にあたる場所で創建され、のちに現在地へ移ったとする記述もあります。
【現在地への移り方】
文政年間(1818〜1831)の寺社の届け出には、慶長8年(1603)に現在地を拝領し、当時は「医王山(いおうざん)三念寺」と号したと記されています。一方、江戸の古い記録を引いた『本郷區史(ほんごうくし)』は、この寺はもと土手四番町(どてよんばんちょう)にあり、元禄年間(1688〜1704)のころに本郷の元町(もとまち)へ移されたとしています。
どちらが事実か、いまの資料だけでは決められないため、ここでは二つの記録を並べました。山号も、古い記録の「医王山」と、現在の「薬王山」の二つが見えます。
【薬師如来の伝え】
略縁起には、薬師如来像は恵心僧都(えしんそうず)が母のために彫ったものと記されています。像は遠州(えんしゅう)の鳳来寺(ほうらいじ)に移り、慶長年間(1596〜1615)に武蔵の武家がその像と伝記を伝えて、この地に安置したと語られています。これは寺に伝わる話で、史実かどうかは確かめられていません。
【明治の記録から】
明治時代の『東京名所図会(とうきょうめいしょずえ)』には、本堂に大日如来(だいにちにょらい)、阿弥陀如来(あみだにょらい)、地蔵菩薩(じぞうぼさつ)が安置され、厨子(ずし)の奥に弘法大師(こうぼうだいし)と興教大師(こうぎょうだいし)が祀られていたとあります。本尊をめぐる記述が資料によって異なる点も、この寺を調べるときの手がかりになります。
見どころ・特徴
【薬師如来を祀る寺】
本尊は薬師如来と紹介される寺です。参拝記には、境内の外にお地蔵さまが祀られ、本堂は二階にあると書かれています。
【昔の境内の様子】
明治の『東京名所図会』には、寺の門は南向きで「薬王山」の額が掲げられ、門を入った右手に土蔵造りの本堂があったと記されています。薬師堂が本堂と向かい合って建ち、堂内の右隅には閻魔王(えんまおう)が安置されていたとも書かれています。いまの姿とは違うかもしれませんが、昔の様子を思い描く手がかりになります。
【訪ねかた】
御府内八十八ヶ所の札所巡りで訪ねる場合は、御朱印や納経(のうきょう)の受付、堂内の参拝について、お出かけ前に寺へ直接お問い合わせください。
【周辺を歩く】
同じ文京区には、湯島の第28番霊雲寺(れいうんじ)や第32番圓満寺(えんまんじ)などの札所があります。
学び・特徴
本尊
薬師如来
宗派・寺格
真言宗豊山派/御府内八十八ヶ所 第34番
創建
文明年間(1469〜1487)に草堂が結ばれたのが始まりと寺の略縁起にある(文明4年・1472とする記述もある)。慶長8年(1603)に現在地を拝領したとする文政年間の届け出もある。開山者は確認できていない。
テーマ
霊場・巡礼
基本情報
住所
東京都文京区本郷2-15-6
参拝時間
参拝できる時間や、御朱印・納経の受付については、お出かけ前に寺へ直接お問い合わせください。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
【電車】東京メトロ丸ノ内線と都営地下鉄大江戸線の本郷三丁目駅が最寄りです。
【車】参拝者用の駐車場の有無は確認できませんでした。お出かけ前に寺へ直接お問い合わせください。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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