この寺について
多聞院(たもんいん)は、新宿区弁天町にある真言宗豊山派(しんごんしゅうぶざんは)の寺で、正式には照臨山(しょうりんざん)多聞院吉祥寺といいます。江戸の弘法大師(こうぼうだいし)霊場、御府内八十八ヶ所の第31番札所です。
墓地には、大正時代に活躍した女優の松井須磨子(まついすまこ)の墓と、江戸時代の平家琵琶(へいけびわ)の奏者、吉川湊一(よしかわそういち)の墓があり、どちらも新宿区の史跡になっています。
歴史・由来
【江戸のまちとともに移った寺】
多聞院の歩みは、江戸城のまわりの整備にあわせて場所を移してきた歴史でもあります。新宿区の案内によると、創建は戦国時代で、開山は学祐上人(がくゆうしょうにん)とされています。
慶長12年(1607)に江戸城近くの平川の地から牛込見附門(うしごめみつけもん)の近くへ移り、寛永12年(1635)に現在地へ移りました。
開山者の名は、新宿区の案内では学祐上人、ほかの資料では覺祐上人(かくゆうしょうにん)と書かれていて、一致していません。時期も、新宿区の案内は上人が天正年間(1573〜1592)に亡くなったとし、ほかの資料は同じころに開山したとしています。
【芸術と芸能にゆかりの墓】
墓地には、新劇(しんげき)の女優、松井須磨子(1886〜1919)の墓があります。昭和59年(1984)12月7日に、新宿区の指定史跡になりました。そばには、島村抱月(しまむらほうげつ)と須磨子を記念する芸術比翼塚(げいじゅつひよくづか)が建てられています。
吉川湊一は、江戸時代中期の平家琵琶の奏者で、当道座(とうどうざ)の総検校(そうけんぎょう)を務めた人です。墓は、平成14年(2002)2月1日に新宿区の登録史跡になっています。
見どころ・特徴
【松井須磨子の墓】墓地の奥の右手の高台にあり、解説板が目印になると紹介されています。墓石は、まわりの墓より立派に見えるという声もあります。
【芸術比翼塚】墓のそばに建てられた碑です。島村抱月と須磨子を記念するもので、裏面には抱月への思いが刻まれていると紹介されています。
【吉川湊一の墓】同じ墓地にあります。江戸時代に平家琵琶を伝えた人の墓として、新宿区の登録史跡になっています。
【周辺を歩く】新宿区内には、第30番放生寺(ほうしょうじ・西早稲田)、第52番観音寺(かんのんじ・西早稲田)など、御府内八十八ヶ所の札所が点在しています。
【訪ねかた】墓地は、いまも供養の場として使われています。静かにお参りしましょう。御朱印(ごしゅいん)や納経(のうきょう)の受け方は確認できていません。お出かけ前に、寺へ直接お問い合わせください。
年中行事・お祭り
【花まつり】例年4月8日
お釈迦さま(しゃかさま)の誕生をお祝いする行事です。
【施餓鬼法要(せがきほうよう)】例年5月24日
先祖や、身寄りのない霊を供養する法要です。
【除夜の鐘(じょやのかね)】例年12月31日から1月1日
年をまたいで鐘をつく行事です。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
宗派・寺格
真言宗豊山派/御府内八十八ヶ所 第31番/新宿区指定史跡 松井須磨子の墓(昭和59年・1984年指定)/新宿区登録史跡 吉川湊一の墓(平成14年・2002年登録)
創建
戦国時代の創建(新宿区の案内)。開山は学祐上人とされる(覺祐上人とする資料もある)。慶長12年(1607)に牛込見附門近くへ、寛永12年(1635)に現在地へ移転。
テーマ
霊場・巡礼
この場所を巡る軸
めぐりコース
基本情報
住所
東京都新宿区弁天町100
参拝時間
参拝できる時間や御朱印の受付は、お出かけ前に寺へ直接お問い合わせください。墓地では静かにお参りください。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
【電車】都営大江戸線「牛込柳町」駅から徒歩6分ほど(新宿区の案内による)。
【車】駐車場の有無は、お出かけ前に寺へ直接お問い合わせください。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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