この寺について
正光院(しょうこういん)は、港区元麻布にある高野山真言宗(こうやさんしんごんしゅう)の寺で、「麻布高野山(あざぶこうやさん)」の名も名乗っています。本尊は薬師如来(やくしにょらい)で、江戸の弘法大師(こうぼうだいし)霊場、御府内八十八ヶ所の第27番札所です。
寛永7年(1630)に福岡藩主の黒田忠之(くろだただゆき)が開基した寺で、江戸時代には「子安薬師(こやすやくし)」と呼ばれて信仰を集めました。昭和の戦災で堂宇を失ったのち、昭和55年(1980)に本堂が再建されています。
歴史・由来
【福岡藩の黒田家と高野山の縁】
正光院の歩みは、黒田家と高野山(こうやさん)の縁から始まります。寺の公式サイトによると、寛永7年(1630)に高野山の正智院(しょうちいん)の末寺として開かれました。開基は筑前守(ちくぜんのかみ)の黒田忠之、開山は正智院二十八世の検校(けんぎょう)法印、宥専(ゆうせん)和尚です。
江戸時代には、本尊の薬師如来にちなんで「子安薬師」と呼ばれ、江戸の人びとの信仰を集めたと伝えられます。
【戦災から再建へ】
昭和19年(1944)9月に当時の住職が亡くなり、翌昭和20年(1945)5月25日の空襲で、本堂・山門・庫裡(くり)などをすべて失いました。その後、およそ10年のあいだ住職が不在の時期が続きました。
昭和30年(1955)1月に、広島県の千林寺(せんりんじ)から隆進(りゅうしん)僧正が兼務住職として着任し、檀家(だんか)を訪ねて復興を呼びかけました。昭和41年(1966)10月22日には、高野山の親王院(しんのういん)の中川善教(なかがわぜんきょう)僧正のはからいで、現在の本尊の薬師如来を迎える法会が営まれました。
本堂の再建は昭和53年(1978)7月に着工し、昭和55年(1980)9月に完成、同年11月24日に落慶法要(らっけいほうよう)が行われました。新しい堂は、調査で見つかった古い境内の配置図と同じ位置に建てられたとされています。
見どころ・特徴
【再建された本堂と薬師如来】昭和55年(1980)に再建された本堂に、本尊の薬師如来が祀(まつ)られています。本堂はコンクリート造りで、落ち着いた色合いと紹介されています。
【木々に囲まれた境内】都心にありながら静かな境内で、本堂の前には桜があると紹介されています。
【年中行事にあわせて】1月28日ごろの初不動の護摩祈祷(ごまきとう)や、春と秋のお彼岸の法要など、年に数回の行事が公式サイトで案内されています。
【周辺を歩く】同じ港区には、第5番延命院(えんめいいん・南麻布)、第6番不動院(ふどういん・六本木)など、御府内八十八ヶ所の札所があります。
【訪ねかた】御朱印(ごしゅいん)や納経(のうきょう)の受け方は確認できていません。お出かけ前に、寺へ直接お問い合わせください。
年中行事・お祭り
【修正会(しゅしょうえ)】例年1月1日
新年に行う法要です。
【新春初不動護摩祈祷法要(しんしゅんはつふどうごまきとうほうよう)】例年1月28日
不動明王(ふどうみょうおう)に祈る護摩の法要です。13時30分からと案内されています。
【春季彼岸法要(しゅんきひがんほうよう)】例年3月19日
春のお彼岸の法要です。13時30分からと案内されています。
【盂蘭盆施餓鬼法要(うらぼんせがきほうよう)】例年7月19日
先祖や、身寄りのない霊を供養する法要です。13時30分からと案内されています。
【秋季彼岸法要(しゅうきひがんほうよう)】例年9月23日
秋のお彼岸の法要です。13時30分からと案内されています。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
本尊
薬師如来
宗派・寺格
高野山真言宗/御府内八十八ヶ所 第27番
創建
寛永7年(1630)、黒田忠之が開基、宥専和尚が開山(高野山正智院の末寺として開創)。
テーマ
霊場・巡礼
この場所を巡る軸
めぐりコース
基本情報
住所
東京都港区元麻布3-2-20
参拝時間
参拝できる時間や御朱印の受付は、お出かけ前に寺へ直接お問い合わせください。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
【電車】東京メトロ日比谷線・都営大江戸線「六本木」駅から徒歩10分ほど。
【車】駐車場を利用したい場合は、事前に寺へのご連絡が必要です。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
記録を確認中...