この史跡について
かつて深川の油堀(あぶらぼり)に架かっていた和倉橋の、2基の親柱。
和倉橋は、関東大震災後の復興事業で昭和4年(1929)に架けられた橋で、昭和50年(1975)の堀の埋め立てで姿を消した。
竣工当時の親柱だけが、いまも保存されている。江東区の指定文化財。
歴史・由来
この文化財を理解する鍵は、「橋は消えても、橋のあった水の道の記憶は親柱が伝えている」という点にある。
深川は、江戸時代からたくさんの堀割が巡る水の町だった。油堀もその一つで、永代寺(いまの深川不動堂)や富岡八幡宮の北側を流れていた十五間川の通称である。
和倉橋は、関東大震災のあとの復興事業で、昭和4年(1929)7月に完成した。橋の親柱は、竣工当時のものが2基残っている。昭和50年(1975)に川が埋め立てられて橋が撤去されたあと、親柱は現在の場所へ移され、保存されることになった。
親柱は、平成22年(2010)に江東区の文化財として登録され、平成29年(2017)4月1日に区の指定文化財になった。同じ油堀に架かっていた富岡橋の親柱の一部も、油堀川公園に保存されている。
見どころ・特徴
【2基の親柱】竣工当時の親柱が2基残る。保存されている場所は、富岡1丁目17番と深川2丁目11番の2か所に分かれている。
【堀の跡を想像する】油堀は埋め立てられ、跡には首都高速道路が通っている。橋のあった水の道を思い浮かべながら歩くと、深川が水の町だったことが実感できる。
【あわせて訪ねる】近くには、深川不動堂や富岡八幡宮がある。同じ油堀に架かっていた富岡橋の親柱も、油堀川公園で見られる。
学び・特徴
指定・選定
江東区の指定文化財(平成22年〈2010〉登録、平成29年〈2017〉4月1日指定)。
成立・年代
和倉橋は、昭和4年(1929)7月の完成。親柱は竣工当時のもの。橋は昭和50年(1975)に撤去された。
テーマ
歴史建築深川
この場所を巡る軸
基本情報
住所
東京都江東区富岡1丁目17番(もう1基は深川2丁目11番)
見学時間
屋外の文化財です。設置場所の状況は、お出かけ前に江東区の案内でご確認ください。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
【電車】東京メトロ東西線・都営地下鉄大江戸線「門前仲町」駅から歩いて行けます。深川不動堂の近くです。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
訪問記録
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