この史跡について
隅田川で最初に架けられたとされる橋。
文禄3年(1594)、徳川家康の命により、関東代官頭の伊奈忠次が架けた。
江戸から奥州街道への玄関口で、松尾芭蕉が『おくのほそ道』へ旅立った場所としても知られる。
歴史・由来
この橋を理解する鍵は、江戸が大きな都になる前から、ここが「江戸の北の入り口」だったという点にある。
千住大橋は、隅田川に最初に架けられた橋である。文禄3年(1594)11月、徳川家康の命を受けた関東代官頭の伊奈忠次(いなただつぐ)が、橋づくりを指揮した。徳川家康の江戸入りから数年後、まだ江戸幕府が開かれる前のことである。伊達政宗が寄進した高野槇(こうやまき)の材木が使われたという言い伝えもある。
江戸時代には、日光街道・奥州街道の最初の宿場として千住宿がにぎわい、この橋が江戸の北の入り口となった。橋は何度も架け替えられ、1647年以降だけでも計6回の架け替えが行われた。1767年(明和4年)には、現在の場所に移った。
明治19年(1886)に木の橋が架けられたが、関東大震災で失われた。昭和2年(1927)12月12日に、震災復興事業として鋼のタイドアーチ橋が完成した。橋長は約91.6メートル、幅は約24.2メートルで、設計は増田淳とされる。
昭和48年(1973)には、下流側に新しい橋ができ、現在は旧橋と新橋の2つの橋で道路を支えている。旧橋のたもとの大橋公園には、松尾芭蕉の「矢立初めの句碑」が立つ。芭蕉が旅立った千住のどちら側が出発点だったかを、足立区と荒川区のそれぞれが主張しているのも、この橋ならではのエピソードである。
学び・特徴
指定・選定
隅田川で最初に架けられた橋とされる。
成立・年代
初代は文禄3年(1594)11月の架橋。昭和2年(1927)12月12日に現在の旧橋が完成。
テーマ
歴史建築文学ゆかり
基本情報
住所
東京都荒川区南千住6丁目から足立区千住橋戸町
見学時間
橋は終日、歩いて渡れます。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
【電車】京成本線「千住大橋」駅が最寄りです。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
訪問記録
記録を確認中...