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史跡 中央区

新大橋

しんおおはし

この史跡について
隅田川に架かる斜張橋(しゃちょうきょう)。 江戸時代の元禄6年の暮れ(西暦では1694年1月)に初めて架けられ、歌川広重の浮世絵「大はしあたけの夕立」で知られる。 現在の橋は昭和52年(1977)に完成した。橋そのものは新しいが、江戸の名所としての歴史が深い。

歴史・由来

この橋を理解する鍵は、橋そのものの新しさではなく、「同じ場所に、人々が橋を架け続けてきた」という時間の長さにある。 新大橋は、元禄6年の12月(西暦では1694年1月)に、両国橋に続く二番目の大きな橋として架けられた。当時、両国橋は「大橋」と呼ばれていたため、新しい橋は「新大橋」と名づけられた。五代将軍・徳川綱吉(つなよし)の生母・桂昌院(けいしょういん)が架橋をすすめたと伝えられる。江戸時代の橋は、いまの位置よりやや下流にあった。 俳人の松尾芭蕉(まつおばしょう)は、完成が近い冬に「初雪や懸けかかりたる橋の上」、完成後には「ありがたやいただいて踏む橋の霜」と詠んだ。橋は幕府が管理する公儀橋(こうぎばし)だったが、延享元年(1744)には町人が維持する橋となった。 明治18年(1885)に西洋式の木橋となり、明治45年(1912)には現在の位置に鉄の橋が架けられた。この橋は、大正12年(1923)の関東大震災で焼け落ちず、多くの人を救ったことから「人助け橋」と呼ばれた。旧橋の一部は愛知県の博物館明治村に移され、いまも見ることができる。 現在の橋は、昭和52年(1977)3月27日に完成した、2径間連続の斜張橋。橋の東詰の公園には、旧橋の親柱(おやばしら)や高欄の一部が残る。

見どころ・特徴

【斜張橋の姿】橋長は約170メートル、幅は約24メートル。シンプルな斜張橋で、夜はライトアップされる。 【「大はしあたけの夕立」】広重が『名所江戸百景』で描いた橋として名高い。夕立のなか、傘や蓑(みの)で急ぐ人々を描いたこの絵は、後期印象派の画家ゴッホにも強い印象を与え、ゴッホが模写したことで知られる。「あたけ」は、橋の東岸にあった幕府の船「安宅丸(あたけまる)」の船蔵に由来する地名とされる。 【旧橋のなごり】橋の東詰の公園に、旧橋の橋柱などが保存されている。明治45年の旧橋の橋名板は、中央区の郷土資料館や、江東区の小学校にも伝わっている。 【川沿いの散歩】川沿いの遊歩道(隅田川テラス)を歩くと、下流に清洲橋、上流に両国橋が見えてくる。橋の移り変わりを見比べられる。
作品ゆかり
歌川広重の『名所江戸百景』の「大はしあたけの夕立」(安政3年〈1856〉)の舞台。この作品は、ゴッホが模写したことでも知られる。松尾芭蕉も、完成前後の新大橋を句に詠んでいる。
学び・特徴
指定・選定
明治45年(1912)の旧橋の橋名板は、中央区の区民文化財(平成8年〈1996〉登録)。
成立・年代
初代は元禄6年12月(西暦1694年1月)の架橋。現在の橋は昭和52年(1977)3月27日の完成。
テーマ
歴史建築夜景・眺望
基本情報
住所
東京都中央区日本橋浜町2丁目・3丁目から江東区新大橋1丁目
見学時間
橋は終日、歩いて渡れます。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
【電車】都営地下鉄新宿線・大江戸線「森下」駅から徒歩約3分。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

訪問記録

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