この神社について
洲崎神社(すのさきじんじゃ)は、房総半島のいちばん西のはし、東京湾の入口に突き出した洲崎の岬に鎮座する神社です。海に面した御手洗山(みたらしやま)の中ほどにあり、海ぎわの浜鳥居から石段を上って社殿にたどり着きます。
祭神は天比理乃咩命(あまのひりのめのみこと)です。古くから航海の安全や豊漁、安産などを願う人々に信仰されてきました。
源頼朝(みなもとのよりとも)が参拝したことが歴史書に記され、船乗りたちの信仰も集めてきました。本殿は館山市の指定文化財で、境内の森は千葉県の天然記念物です。
歴史・由来
洲崎神社は、海の道の入口を見守る神社として、人々に祈られてきました。社に伝わる話から、歴史の記録、そして近代までの歩みを順にたどります。
【祭神と創建の伝え】
祭神の天比理乃咩命(あまのひりのめのみこと)は、安房神社(あわじんじゃ)の祭神・天太玉命(あめのふとだまのみこと)の后神(きさきのかみ)とされます。
社伝では、神武天皇(じんむてんのう)の時代に、天富命(あめのとみのみこと)が祖母神にあたる天比理乃咩命の鏡を神体として、御手洗山にまつったのが始まりとされます。これは宝暦3年(1753)にまとめられた『洲崎大明神由緒旧記(すのさきだいみょうじんゆいしょきゅうき)』による話です。
また、養老元年(717)に役小角(えんのおづぬ)が開いたという伝えもあります。大地の変動で池が埋まり、地の底の鐘を守る大蛇が災いをもたらしたため、役小角が祈ってこれを退治したという話も残ります。
【古代から中世へ】
延長5年(927)にまとめられた『延喜式(えんぎしき)』の神名帳(じんみょうちょう・当時の主な神社の一覧)に、安房国の「后神天比理乃咩命神社」が大社として載っています。洲崎神社は、この神社にあたる有力な社のひとつと考えられています。
治承4年(1180)9月5日には、源頼朝が参拝し、神領(しんりょう・神社に与える土地)を寄進(きしん)したと、鎌倉幕府の記録『吾妻鏡(あずまかがみ)』にあります。
寿永元年(1182)8月には、頼朝の妻・北条政子(ほうじょうまさこ)の安産を祈るため、安房の武士・安西景益(あんざいかげます)が奉幣使(ほうへいし・神前に捧げ物を届ける使い)として遣わされました。
【一宮と式内社をめぐって】
洲崎神社は、安房国の一宮(いちのみや)とされることがあります。ただ、江戸時代にその根拠のひとつとされた松平定信(まつだいらさだのぶ)の扁額(へんがく)は「安房一宮」と書かれており、正式に一宮と記された歴史はないとする見方もあります。二宮とする記述もあり、資料によって扱いが分かれます。
安房国には、洲宮神社(すのみやじんじゃ)という別の社もあり、『延喜式』の神社にあたるのはどちらかをめぐって、江戸時代から争いがありました。明治5年(1872)に政府は洲宮神社を式内社としましたが、翌年に取り消し、洲崎神社を式内社としています。
両社を、同じ「洲の神」を祀る一体の神社とみる説もあります。
【江戸時代から近代へ】
文化9年(1812)には、白河藩主だった松平定信が扁額を奉納しました。
東京湾の入口を見下ろす場所にあるため、船頭たちが航海の安全を願って奉納した絵馬が、戦前までは数多く見られたといいます。昭和15〜16年ごろまでは、沖を通る船が、神社に奉賽(ほうさい・お礼のお供え)を納める習わしもありました。
昭和47年(1972)には、御手洗山の森が「洲崎神社自然林」として千葉県の天然記念物に指定されました。
令和元年(2019)9月には、房総半島台風で神社が被害を受けました。現在は兼務社で、神職は常駐していません。
見どころ・特徴
【浜鳥居と神石】
海ぎわに建つ浜鳥居は、洲崎神社を象徴する景色です。天気がよく空気が澄んだ日には、鳥居越しに富士山を望めるといいます。
浜鳥居の外には神石(かみいし)があります。対岸の三浦半島の安房口神社(あわぐちじんじゃ)にある石と対になっており、二つの石で東京湾の入口を守るとされます。洲崎神社の石は、裂け目の形から「吽形(うんぎょう)」と呼ばれます。
【150段ほどの石段】
随身門(ずいしんもん)の裏手から本殿へ向かう石段は、150段ほどあります。上りきると、海を見渡す景色が広がります。段数は案内によって、148段とするものもあります。
【本殿と随身門】
本殿は三間社流造(さんげんしゃながれづくり)、銅板葺(どうばんぶき)の建物で、館山市の指定有形文化財です。社伝では延宝年間(1673〜1681)の造営とされ、江戸時代中期以降に大きな修理もあったと伝わります。
随身門は、宝永年間(1704〜1711)に造られたと伝わります。
【洲崎神社自然林】
社殿のある御手洗山の森は、昭和47年(1972)に千葉県の天然記念物に指定されました。森は洲崎神社が所有しています。
【訪ねかた】
石段は長いので、足元に気をつけてゆっくり上るのがおすすめです。神職が常駐していない社なので、時間に余裕をもって、静かにお参りしてください。
年中行事・お祭り
【洲崎神社例祭】例年8月21日
この日は、みのこ踊りの奉納と、神輿(みこし)が石段を下る御浜出(おはまで)が見どころです。
みのこ踊りは、千葉県の無形民俗文化財(昭和36年指定)で、弥勒踊り(みろくおどり)と鹿島踊り(かしまおどり)の2種類があります。現在は、小学生の女の子たちが踊りを受け継いでいます。例年14時ごろから奉納されると案内されています。
神輿は、例年15時ごろから、急な石段をゆらしながら下り、浜へおろされます。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
主祭神
天比理乃咩命
社格
旧社格は県社(明治6年・1873に列格)。式内社(『延喜式』神名帳の后神天比理乃咩命神社)の有力な社とされ、洲宮神社とともに論社(ろんしゃ・どちらがその神社にあたるか説が分かれる社)です。安房国の一宮とされることがありますが、正式に一宮と記された歴史はないとする見方もあります。
創建
社伝では、神武天皇の時代に天富命が、祖母神にあたる天比理乃咩命の鏡を神体として、御手洗山にまつったのが始まりとされます(『洲崎大明神由緒旧記』・宝暦3年)。養老元年(717)に役小角が開いたという伝えもあります。『延喜式』神名帳(延長5年・927)に載る古社です。
基本情報
住所
千葉県館山市洲崎1344
アクセス
【電車・バス】JR内房線の館山駅から、JRバス関東の洲崎方面行きに乗り、洲崎神社の最寄りのバス停で降ります。バス停から神社までは徒歩5分以内とされています(案内によって1分、5分と異なります)。
【車】富津館山道路の富浦ICから約25分です。
【駐車場】無料の駐車場があります。台数は案内によって異なります。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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