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寺 御朱印 鎌倉市

龍峰院

りゅうほういん

この寺について
龍峰院(りゅうほういん)は、鎌倉五山(かまくらごさん)第一位・建長寺(けんちょうじ)の境内にある塔頭(たっちゅう、大きな寺の敷地内にある小さな寺)のひとつです。徳治2年(1307年)、建長寺の高僧だった約翁徳倹(やくおうとくけん)を開山として、九代執権(しっけん)北条貞時(ほうじょうさだとき)によって開かれました。本尊の聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)は鎌倉三十三観音霊場第29番の札所本尊で、普段は非公開ですが、巡礼で御朱印を受ける場合に限り境内へ入ってお参りすることができます。

歴史・由来

龍峰院を理解する鍵は、建長寺の中興を支えたひとりの禅僧、約翁徳倹(やくおうとくけん)の生涯にあります。 この地にはもともと、建治2年(1276年)に時の執権北条時宗(ほうじょうときむね)が建てた持仏殿(じぶつでん、身近に仏像を祀るための建物)がありました。その後、徳治2年(1307年)、九代執権北条貞時(ほうじょうさだとき)が、建長寺第十五世の住持であった約翁徳倹を開山(かいさん、寺を開いた僧)として迎え、この地に龍峰院を開きました。 約翁徳倹は、幼いころ鎌倉の路傍に捨てられていたところを拾われて育ったと伝えられる僧です。長じて、建長寺を開いた蘭渓道隆(らんけいどうりゅう、大覚禅師)の系統に連なる禅を学び、長勝寺・東勝寺・浄妙寺・禅興寺・建仁寺、そして建長寺と、鎌倉や京都の名だたる禅寺の住持を歴任しました。晩年は京都の南禅寺に住し、元応2年(1320年)に亡くなっています。その徳を惜しんだ朝廷からは、死後「仏燈国師(ぶっとうこくし)」という諡号(しごう、死後に贈られる尊い名前)が贈られました。 龍峰院は、この約翁徳倹の塔所(とうしょ、開山の墓や像を祀り、その教えを伝える場所)として建てられ、以来700年以上にわたって建長寺の塔頭として護持されてきました。今日では鎌倉三十三観音霊場の札所としての顔も持ち、聖観世音菩薩を本尊に、静かに参拝者を迎えています。

見どころ・特徴

【建長寺の塔頭】 龍峰院は、鎌倉五山第一位である建長寺の山内(さんない、寺の敷地の中)にある塔頭のひとつです。建長寺の総門をくぐった先、境内の一角にひっそりと構えています。 【仏燈国師の塔所】 開山の約翁徳倹(やくおうとくけん)は、死後に朝廷から「仏燈国師(ぶっとうこくし)」の名を贈られた高僧です。龍峰院はもともと、その徳倹を偲び、教えを伝えるための塔所として建てられました。 【鎌倉三十三観音霊場の札所】 本尊の聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)は、鎌倉三十三観音霊場第29番の札所本尊です。巡礼者はここで御朱印をいただくことができます。 【訪ねかた】 龍峰院は普段、一般には公開されていません。ただし鎌倉三十三観音霊場の巡礼として御朱印を受ける場合に限り、境内に入ってお参りすることができます。建長寺の広い境内を歩きながら、塔頭ならではの静けさを味わえる貴重な機会です。
学び・特徴
主祭神
聖観世音菩薩
社格
臨済宗建長寺派(りんざいしゅうけんちょうじは)。鎌倉五山第一位・建長寺(けんちょうじ)の塔頭(たっちゅう、大きな寺の敷地内にある小さな寺)のひとつであることを、複数の情報源で確認しています。鎌倉三十三観音霊場第29番札所。
創建
建治2年(1276年)、北条時宗(ほうじょうときむね)が持仏殿を建立。その後、徳治2年(1307年)、九代執権北条貞時(ほうじょうさだとき)が、建長寺第十五世住持・約翁徳倹(やくおうとくけん、諡号は仏燈国師)を開山として迎え、龍峰院として開かれました。
テーマ
鎌倉三十三観音霊場建長寺塔頭
この場所を巡る軸
基本情報
住所
神奈川県鎌倉市山ノ内101
参拝時間
龍峰院は原則として一般には公開されていない塔頭です。鎌倉三十三観音霊場の御朱印を受ける場合に限り参拝でき、受付は建長寺の拝観時間内(8時30分から16時30分)に準じます。詳しい受付時間は変更されることがあるため、訪ねる前に建長寺へ直接お問い合わせください。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
JR横須賀線 北鎌倉駅から徒歩約15分(バス利用の場合は約5分)。JR横須賀線・鎌倉駅からはバスで約10分です。建長寺の総門をくぐってから、龍峰院までは徒歩約4分です。建長寺の境内には参拝者用駐車場があり(乗用車20台・バス5台、営業時間8時30分から16時30分、料金は乗用車600円・バス2000円で最初の1時間、以降30分ごとに加算)、車で訪れる際に利用できます。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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