TabiShiri
寺 御朱印 日高市

勝音寺

しょうおんじ

この寺について
勝音寺(しょうおんじ)は埼玉県日高市栗坪(くりつぼ)にある臨済宗建長寺派(りんざいしゅうけんちょうじは)の寺院です。武蔵野三十三観音霊場(むさしのさんじゅうさんかんのんれいじょう)の第27番札所であり、地元の高麗三十三ヶ所霊場(こまさんじゅうさんかしょれいじょう)の第30番札所でもあります。応永3年(1396年)に建長寺73世の高僧によって開かれ、今も地域の信仰を集めています。本尊は千手観音坐像(せんじゅかんのんざぞう)で、脇侍(きょうじ、両脇に控える仏さま)として不動明王(ふどうみょうおう)と毘沙門天(びしゃもんてん)を祀ります。

歴史・由来

この寺を理解する鍵は、「本尊が一度、火事で入れ替わった寺」だという点にあります。 勝音寺は応永3年(おうえいさんねん、1396年)、建長寺(けんちょうじ、神奈川県鎌倉市にある臨済宗の大本山)の73世を務めた仏印大光禅師(ぶついんだいこうぜんじ)によって開かれました。江戸時代に編まれた地誌「新編武蔵風土記稿(しんぺんむさしふどきこう)」によれば、禅師は若くして中国(元)に渡って10年間修行を積んで帰国し、「東国無双の智識(ちしき、優れた学僧という意味)」とまで称された高僧でした。父は上杉兵庫頭(うえすぎひょうごのかみ)という役職名で呼ばれる上杉一族の武将だったと寺には伝わっています。禅師は応永24年(1417年)、78歳でこの世を去りました。 もともとの本尊は阿弥陀如来(あみだにょらい)でしたが、度重なる火災によって焼失してしまいます。江戸時代初期にも火災で寺そのものが衰えましたが、四世の安州隣芸(あんしゅうりんげい)住職が寺を立て直しました。それでも天保8年(1837年)には本堂が再び焼失するなど、この寺は幾度も火の試練をくぐり抜けてきました。 その中で新たな本尊として迎えられ、今も大切に祀られているのが千手観音坐像(せんじゅかんのんざぞう)です。日高市の記録によると、この像は不動明王(ふどうみょうおう)を右に、毘沙門天(びしゃもんてん)を左に従える珍しい三尊(さんぞん)形式で、延文5年(1360年)に再興されたのち、天正9年(1581年)には鎌倉の仏師(ぶっし、仏像を彫る職人)法眼長盛(ほうげんちょうせい)が修理を加え、享保18年(1733年)にも手が入れられたことが記録に残っています。あわせて伝わる大般若経(だいはんにゃきょう)600巻余りは、1362年から1364年にかけて僧・昌旭(しょうきょく)が写経したもので、江戸時代の1723年には87巻が補われました。これらは今も日高市指定文化財として大切に保管されています。

見どころ・特徴

【一度焼け、生まれ変わった本尊】 本尊の千手観音坐像(せんじゅかんのんざぞう)は、もとあった阿弥陀如来(あみだにょらい)が火災で失われたあとに迎えられた仏像です。右に不動明王(ふどうみょうおう)、左に毘沙門天(びしゃもんてん)を従える三尊(さんぞん)形式はめずらしく、日高市指定文化財に指定されています。 【二つの霊場を歩く寺】 勝音寺は「武蔵野三十三観音霊場」の第27番であると同時に、地元の「高麗三十三ヶ所霊場(こまさんじゅうさんかしょれいじょう)」の第30番でもあります。広域の霊場めぐりと、地域に根ざした霊場めぐりの両方に名を連ねる、めずらしい立ち位置の寺です。 【中国で10年修行した開山】 寺を開いた仏印大光禅師(ぶついんだいこうぜんじ)は、若くして中国(元)に渡り10年間学んだのち帰国した高僧と伝えられています。江戸時代の地誌には「東国無双の智識」とまで記されており、当時の関東で屈指の学僧として知られていたようです。 【除夜の鐘を自分の手で】 大晦日には除夜の鐘(じょやのかね)を実際に撞く体験ができる時間が設けられています。一年の締めくくりを、自分の手で鐘を鳴らして迎えられるのは大きな魅力です。
年中行事・お祭り
【初詣(はつもうで)】 毎年1月、新しい一年の無事を願って参拝に訪れる人でにぎわいます。 【施餓鬼会(せがきえ)】 例年7月13日ごろに行われる、亡くなった方々を供養する法要です。 【除夜の鐘(じょやのかね)】 例年12月31日の23時30分ごろから翌日の0時30分ごろまで、鐘を実際に撞く体験ができます。一年を締めくくる行事として親しまれています。 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
主祭神
千手観音不動明王毘沙門天
社格
臨済宗建長寺派(りんざいしゅうけんちょうじは)の寺院で、本山(ほんざん、宗派を束ねる中心寺院)は神奈川県鎌倉市の建長寺です。武蔵野三十三観音霊場の第27番、高麗三十三ヶ所霊場の第30番という、二つの観音霊場の札所を兼ねています。
創建
応永3年(おうえいさんねん、1396年)、建長寺73世・仏印大光禅師(ぶついんだいこうぜんじ)によって開かれたと伝わります。
ご利益
諸願成就厄除け
テーマ
観音霊場巾着田彼岸花
この場所を巡る軸
基本情報
住所
埼玉県日高市大字栗坪184
参拝時間
8時30分から17時まで

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
最寄り駅はJR八高線(はちこうせん)・川越線(かわごえせん)の高麗川駅(こまがわえき)です。駅から寺までは直線距離で約2キロメートル離れており、徒歩なら30分ほど、車なら5分ほどが目安です(この所要時間は座標をもとにした概算で、公式の案内ではありません)。曼殊沙華(まんじゅしゃげ、彼岸花)の名所として知られる巾着田(きんちゃくだ)からも歩いて訪ねることができます。境内には駐車場が用意されているので、車での参拝にも便利です。
公式サイト
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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