この寺について
龍圓寺(りゅうえんじ)は、埼玉県入間市新久(あらく)にある真言宗智山派(しんごんしゅうちざんは)の寺院です。正式には龍岳山観喜院龍圓寺(りゅうがくさんかんぎいんりゅうえんじ)といい、地元では「新久観音(あらくかんのん)」の名で親しまれています。武蔵野三十三観音霊場(むさしのさんじゅうさんかんのんれいじょう)の第20番札所で、札所本尊(ふだしょほんぞん)は千手観音(せんじゅかんのん)です。境内の観音堂(かんのんどう)は地域のお祭りの舞台にもなっており、信仰と暮らしが結びついた寺として大切にされています。
歴史・由来
この寺を理解する鍵は、鎌倉時代(かまくらじだい)初期の一人の旅の僧にまつわる伝承(でんしょう)と、江戸時代(えどじだい)に将軍家から認められた由緒という、二つの時代をまたぐ物語にあります。
寺伝(じでん、寺に伝わる言い伝え)によれば、建仁年間(けんにんねんかん、1201年から1204年ごろ)、諸国を巡っていた僧・寂蓮(じゃくれん、俗名〈ぞくみょう〉は藤原定長〈ふじわらのさだなが〉)がこの地を訪れ、千手観音(せんじゅかんのん)の像を安置したのが龍圓寺の始まりと伝えられています。寂蓮は「新古今和歌集(しんこきんわかしゅう)」の撰者(せんじゃ、歌を選び編集した人)の一人としても知られる歌人ですが、晩年は各地を巡礼していたとされ、この寺の創建の言い伝えもその足跡の一つとして語り継がれてきました。
その後の歩みを裏づける記録として残るのが、江戸時代の慶安2年(けいあん2ねん、1649年)、三代将軍・徳川家光(とくがわいえみつ)から寺領15石(こく)の御朱印状(ごしゅいんじょう)を与えられたという事実です。将軍家から朱印地を認められることは、その寺が地域で由緒ある寺院として公に認められていたことを意味し、龍圓寺が江戸時代を通じて安定した歩みを続けていたことがうかがえます。
さらに時代が下り、宝永6年(ほうえい6ねん、1709年)に亡くなった俊誉和上(しゅんよわじょう)は、寺の中興(ちゅうこう、いったん衰えた寺を再び盛んにすること)に力を尽くした人物として伝えられています。鎌倉初期の伝承に始まり、江戸幕府による庇護(ひご)を経て、中興の僧によって守り継がれてきたことが、現在の龍圓寺の姿につながっています。
見どころ・特徴
【「新久観音」という呼び名】
地元では龍圓寺は「新久観音(あらくかんのん)」の名で親しまれています。武蔵野三十三観音霊場の札所として、多くの参拝者や巡礼者が本尊(ほんぞん)の千手観音(せんじゅかんのん)を訪ねてやってきます。
【小高い場所に立つ観音堂】
本尊を祀(まつ)る観音堂(かんのんどう)は、境内の一段高くなった場所に建てられています。唐様式(からようしき)の破風造り(はふづくり)で瓦葺(かわらぶ)きの屋根が特徴で、晴れた日には屋根に日差しが反射し、緑に囲まれた静かな境内に映える美しい姿を見せてくれます。
【神仏習合(しんぶつしゅうごう)の名残を伝える祭り】
龍圓寺は、近くの八坂神社(やさかじんじゃ)とともに営まれる「新久の天王様(あらくのてんのうさま)」という祭りの舞台にもなっています。神輿(みこし)や獅子(しし)が龍圓寺から出発して坂を下り、神社へ向かう行列の様子は、かつて神社と寺が一体となって信仰されていた時代の名残を今に伝えています。
【いくつもの巡礼路とつながる寺】
龍圓寺は武蔵野三十三観音霊場だけでなく、奥多摩新四国霊場八十八ヶ所(おくたましんしこくれいじょうはちじゅうはっかしょ)の第41番、武州八十八所霊場(ぶしゅうはちじゅうはっしょれいじょう)の第75番にも数えられています。一つの寺でいくつもの巡礼路とつながっている点も、この寺ならではの特徴です。
年中行事・お祭り
【新久の天王様(あらくのてんのうさま)】
例年7月下旬の土曜日・日曜日に行われる祭りです。宵祭り(よいまつり)の日の午後、天狗(てんぐ)や榊(さかき)、獅子(しし)、神輿(みこし)、山車(だし)などが龍圓寺を出発し、大門坂(だいもんざか)を下って八坂神社(やさかじんじゃ)へ向かいます。行列が通る沿道では、獅子が見物客をかんで厄除け(やくよけ)を行う風習があり、寺と神社が結びついた古い信仰の形を今に伝えています。
【新久の観音様(あらくのかんのんさま)】
例年8月中旬に龍圓寺で行われる観音様のお祭りです。
【新久朝観音祭り(あらくあさかんのんまつり)】
例年12月初めの早朝、まだ暗いうちから護摩(ごま)がたかれ、双盤念仏(そうばんねんぶつ)が唱えられます。太鼓の音も響き、参拝者には甘酒(あまざけ)がふるまわれます。冬の澄んだ空気の中で行われる、一年を締めくくる行事です。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
主祭神
虚空蔵菩薩千手観音
社格
真言宗智山派(しんごんしゅうちざんは)の寺院で、武蔵野三十三観音霊場第20番、奥多摩新四国霊場八十八ヶ所第41番、武州八十八所霊場第75番の札所を兼ねています。江戸時代の慶安2年(1649年)には、三代将軍・徳川家光から寺領15石の御朱印地を与えられました。
創建
寺伝によれば建仁年間(1201年から1204年ごろ)、僧・寂蓮(じゃくれん)が千手観音像を安置したのが始まりと伝えられています。宝永6年(1709年)に示寂(じじゃく、僧が亡くなること)した俊誉和上(しゅんよわじょう)が中興者とされています。
ご利益
厄除け学業成就心願成就
テーマ
観音霊場神仏習合地域のお祭り
この場所を巡る軸
霊場・巡礼
基本情報
住所
埼玉県入間市新久717
アクセス
公共交通機関を使う場合は、西武池袋線(せいぶいけぶくろせん)「仏子駅(ぶしえき)」から徒歩20分ほどです。車の場合は、国道16号(こくどう16ごう)の扇町屋交差点(おうぎまちやこうさてん)から西へ約1.5キロメートルの場所にあります。駐車場の有無は確認できなかったため、車で訪れる場合は事前に寺へ直接お問い合わせください。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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