この寺について
埼玉県所沢市上新井にある真言宗豊山派(しんごんしゅうぶざんは)の寺院です。本尊は不動明王(ふどうみょうおう)で、境内の観音堂(かんのんどう)には千手観音(せんじゅかんのん)が祀られ、武蔵野三十三観音霊場(むさしのさんじゅうさんかんのんれいじょう)第11番の札所本尊(ふだしょほんぞん)となっています。狭山三十三観音霊場(さやまさんじゅうさんかんのんれいじょう)や奥多摩新四国霊場(おくたましんしこくれいじょう)の札所も兼ねており、一つの境内で複数の巡礼(じゅんれい)に出会えるお寺です。
歴史・由来
この寺を理解する鍵は、一つの境内に複数の巡礼(じゅんれい)が重なっているという点にあります。
普門院(ふもんいん)は、江戸時代に編まれた地誌(ちし)「新編武蔵風土記稿(しんぺんむさしふどきこう)」に「上洗山無量寺(じょうせんざんむりょうじ)」の名で登場します。当時は真言宗(しんごんしゅう)の寺で、多摩郡成木村(たまぐんなりきむら、現在の東京都青梅市(おうめし))にあった安楽寺(あんらくじ)の末寺(まつじ、本山の指導を受ける寺)だったと記されています。創建がいつだったのかを示す記録は見つかっておらず、はっきりした年代は分かっていません。
寺の呼び名として広く使われているのは、寺号の「無量寺」ではなく院号(いんごう)の「普門院」のほうです。本尊は不動明王(ふどうみょうおう)ですが、境内の観音堂(かんのんどう)には千手観音(せんじゅかんのん)が祀られており、この千手観音が武蔵野三十三観音霊場第11番の札所本尊となっています。同じ千手観音は狭山三十三観音霊場第7番の札所本尊も兼ねており、境内にはさらに奥多摩新四国霊場八十八ヶ所第72番の札所も置かれています。一つの寺が三つの巡礼の札所を兼ねているのは、この地域の霊場どうしが重なり合いながら発展してきたことを物語っています。
寺に伝わる話では、もともとは現在地とは別の「三つ井戸(みついど)」と呼ばれる場所の近くにあり、江戸時代に今の上新井(かみあらい)の地へ移ったといわれています。三つ井戸は、真言宗の開祖(かいそ)である弘法大師(こうぼうだいし、空海(くうかい))にまつわる伝説の井戸として地域で語り継がれてきた場所です。
見どころ・特徴
【三つの霊場をまとめて参拝できる】
普門院は、武蔵野三十三観音霊場第11番のほか、狭山三十三観音霊場第7番、奥多摩新四国霊場八十八ヶ所第72番の札所を兼ねています。一つの寺で複数の御朱印(ごしゅいん)をいただける、巡礼好きにはうれしいお寺です。
【所沢市指定文化財 木造毘沙門天立像(もくぞうびしゃもんてんりゅうぞう)】
寄木造(よせぎづくり)で像高(ぞうこう)49センチメートル、江戸時代中期の作と推定される毘沙門天(びしゃもんてん)像です。1982年(昭和57年)に所沢市の文化財に指定されました。右手に戟(げき、矛(ほこ)に似た武具)、左手に宝塔(ほうとう)を持ち、邪鬼(じゃき)を踏みしめる、毘沙門天らしい凛々しい姿をしています。公開には条件があるため、拝観を希望する場合は事前に所沢市教育委員会文化財保護課へご確認ください。
【観音堂に祀られる千手観音】
本堂の本尊は不動明王ですが、境内の観音堂には千手観音が祀られています。たくさんの手を持つ千手観音は、人々のさまざまな願いの一つひとつに手を差し伸べてくれる観音さまといわれています。
年中行事・お祭り
学び・特徴
主祭神
不動明王千手観音毘沙門天
社格
特別な寺格(じかく)の定めは確認できませんでした。江戸時代には、多摩郡成木村(たまぐんなりきむら、現在の東京都青梅市)にあった安楽寺(あんらくじ)の末寺(まつじ)でした。
創建
創建(そうけん)の年代ははっきり分かっていません。江戸時代後期に編まれた地誌「新編武蔵風土記稿(しんぺんむさしふどきこう)」にはすでに「上洗山無量寺(じょうせんざんむりょうじ)」として記載されており、それ以前から所沢の地にあったと考えられます。
ご利益
厄除け諸願成就
テーマ
観音霊場めぐり真言宗豊山派市指定文化財
この場所を巡る軸
霊場・巡礼
基本情報
住所
埼玉県所沢市上新井1-25-5
参拝時間
参拝できる時間は特に公表されていません。境内は日中随時(にちじゅうずいじ)お参りいただけますが、御朱印(ごしゅいん)をいただく時間などは、事前に寺へご確認のうえお出かけください。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
西武池袋線(せいぶいけぶくろせん)西所沢駅(にしところざわえき)から徒歩11分ほどです。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
記録を確認中...