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寺 御朱印 所沢市

新光寺

しんこうじ

この寺について
新光寺(しんこうじ)は、埼玉県所沢市宮本町にある真言宗豊山派(しんごんしゅうぶざんは)の寺院です。山号は遊石山(ゆうせきざん)、本尊は聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)。境内の前を旧鎌倉街道(きゅうかまくらかいどう)が通り、武蔵野三十三観音霊場の第10番、狭山三十三観音霊場の第8番の札所にもなっています。龍宮門(りゅうぐうもん)風の山門と、朱塗りの八角円堂の本堂が目を引く寺です。

歴史・由来

この寺を理解する鍵は、境内の前を通る旧鎌倉街道(きゅうかまくらかいどう)にある。新光寺は所沢市の中心部、鎌倉街道のうち「上道(かみつみち)」と呼ばれるルート沿いに建てられており、鎌倉を目指す武士たちが行き交う姿を見守ってきた寺といえる。 寺伝によれば、草創は奈良時代の天平年間(てんぴょうねんかん、729年から749年ごろ)にさかのぼるとされる。諸国を巡り仏教を広めた僧・行基(ぎょうき)が、聖観音像を安置する堂を建てたのが始まりと伝えられている。 この地を語るうえで欠かせないのが、二人の武将にまつわる言い伝えだ。建久4年(1193年)、源頼朝(みなもとのよりとも)が那須野(現在の栃木県)への鷹狩りの途中にこの地へ立ち寄り、休息したと伝わる。さらに時代が下った元弘3年(げんこう3ねん、1333年)には、新田義貞(にったよしさだ)が鎌倉攻めに向かう途中でこの寺に立ち寄り、戦いの勝利を祈願したと伝えられている。新田義貞がこの年、鎌倉幕府打倒の兵を挙げていたことを思えば、街道沿いの新光寺が武将たちの祈りの場になっていたことをうかがわせる話である。 江戸時代に入った慶安2年(けいあん2ねん、1649年)には、江戸幕府から観音堂領として6石の御朱印状を受け、寺の格式が公に認められた。以来、聖観音を本尊とする寺として、地域の人々の信仰を集め続けている。

見どころ・特徴

【竜宮城のような山門】細やかな彫刻が施された、龍宮門(りゅうぐうもん)形式の山門が参拝者を出迎える。まるで竜宮城のような雰囲気を持つ、ひと目で印象に残る入口。 【朱塗りの八角円堂】本堂は八角形の平面を持つ、朱色に塗られたお堂。奈良の法隆寺(ほうりゅうじ)にある夢殿(ゆめどの)を思わせる、珍しい建築様式で知られている。 【春を彩るしだれ桜】境内のしだれ桜は、所沢市の景観資源にも選ばれた一本。奥に並ぶソメイヨシノとの色の対比が美しく、見頃の時期には多くの人がカメラを手に訪れる。 【たぬきの昔話が残る寺】所沢に伝わる昔話には、おしゃべり好きのたぬきが和尚さんのもとへ毎日通っていたという、新光寺を舞台にした話が残っている。地域に親しまれてきた寺であることが伝わる逸話だ。
年中行事・お祭り
【しだれ桜の見頃】例年3月下旬から4月上旬ごろ、境内のしだれ桜が見頃を迎える。所沢市の景観資源にも選ばれた一本で、隣に並ぶソメイヨシノとの色の対比を楽しめる。 この記事の作成時点で、新光寺で定期的に行われる法要や祭礼についての詳しい公開情報は確認できなかった。行事の予定を知りたい場合は、武蔵野三十三観音霊場の公式サイトを確認するか、寺へ直接問い合わせることをおすすめする。 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
主祭神
聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)
社格
江戸幕府から慶安2年(1649年)に、観音堂領として6石の御朱印状を受けた、いわゆる「朱印寺」のひとつ。真言宗豊山派の寺院で、武蔵野三十三観音霊場の第10番、狭山三十三観音霊場の第8番の札所にもなっている。
創建
創建年は不詳。寺伝では奈良時代の天平年間(てんぴょうねんかん、729年から749年ごろ)に、行基(ぎょうき)が聖観音像を安置したのが始まりと伝えられている。
テーマ
札所めぐり桜の名所鎌倉街道
この場所を巡る軸
基本情報
住所
埼玉県所沢市宮本町1-7-3
参拝時間
境内は日中、自由に参拝できる。ただし山門や本堂の開閉時間、御朱印の受付時間について、この記事の作成時点で確認できる公式な情報はない。御朱印や本堂内部の拝観を希望する場合は、事前に寺へ直接ご確認いただくと安心です。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
西武池袋線・西武狭山線「西所沢駅」から徒歩約10分。西武新宿線「航空公園駅」からも徒歩約11分の距離にある。専用駐車場の有無は確認できていないため、車で訪れる場合は事前に寺へご確認ください。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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