この寺について
金剛城寺(こんごうじょうじ)は、兵庫県神崎郡福崎町にある高野山真言宗の寺院で、山号は七種山(なぐささん)。飛鳥時代の創建と伝わる古い歴史を持ち、新西国三十三箇所第30番の札所です。寺号や境内の位置は歴史の中で幾度も変わってきましたが、昭和のはじめに現在の「金剛城寺」の名に戻り、今日まで法灯(ほうとう)を伝えています。
歴史・由来
金剛城寺を理解する鍵は、この寺が幾度も名前と場所を変えながら歩んできた歴史にあります。創建の時期や経緯については、情報源によって伝えるところが異なります。新西国霊場会の公式サイトでは推古天皇33年(625年)に法道仙人(ほうどうせんにん、天竺から飛来したと伝わる伝説的な僧)が開いたとされる一方、別の資料では推古天皇5年(597年)に高麗(こま、朝鮮半島の古代国家)出身の僧・恵灌(えかん)が創建し、のちに法道仙人が開山式を行ったとも伝えられています。いずれも飛鳥時代の創建であることは共通していますが、正確な年やいきさつは今も定まっていません。
当初の寺は「滋岡寺(しげおかでら)」という名で、七種山(なぐささん)の滝の近くに建てられたと伝わります。天平4年(732年)に一度焼失しましたが、聖武天皇(しょうむてんのう)の勅命によって再建されました。その後も正平5年(1350年)に再び焼失し、今度は足利尊氏(あしかがたかうじ)の命で復興されるなど、時代の大きな出来事に翻弄されながらも、そのつど再建されてきました。江戸時代のはじめ、慶長6年(1601年)には「作門寺(さくもんじ)」という寺号に改められ、その名でしばらく続きます。明治時代の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく、仏教を排斥する動き)で境内地を失うという苦難もありましたが、明治35年(1902年)には旧境内地の返還を求める訴訟に勝訴し、昭和3年(1928年)、ついに現在の「金剛城寺」という寺号に戻りました。名前と場所を変えながらも、地域の信仰を守り続けてきた寺なのです。
学び・特徴
主祭神
十一面観世音菩薩
社格
高野山真言宗の寺院。新西国三十三箇所第30番札所。
創建
情報源によって記述が異なる。新西国霊場会の公式サイトでは推古天皇33年(625年)、法道仙人(ほうどうせんにん)による開山とされる。別の資料では推古天皇5年(597年)、高麗僧・恵灌(えかん)による創建で、のちに法道仙人が開山式を行ったとされる。いずれも飛鳥時代の創建であることは共通しているが、詳細は確定できていない。
ご利益
諸願成就
テーマ
新西国三十三箇所七種山
この場所を巡る軸
霊場・巡礼
基本情報
住所
兵庫県神崎郡福崎町田口236
参拝時間
拝観時間は午前9時から午後4時までで、拝観料は無料です。時間外の参拝を希望する場合は、事前に寺へご連絡いただくとよいでしょう。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
電車・バスの場合、JR播但線「福崎駅」から徒歩約50分、またはタクシーで約5分です。
車の場合、中国自動車道「福崎インターチェンジ」から約2キロメートルから3キロメートル、または国道312号線を北上して向かいます。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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