この寺について
天上寺(てんじょうじ)は、神戸市灘区の摩耶山(まやさん)にある真言宗の寺院で、正式には「忉利天上寺(とうりてんじょうじ)」といいます。釈迦(しゃか)の生母である摩耶夫人(まやぶにん)を本尊としてお祀りする、日本で唯一の寺とされています。「女人高野(にょにんこうや)・仏母の寺」とも呼ばれ、安産祈願(あんざんきがん)や腹帯(はらおび)の授与を日本で最初に始めたと伝わります。新西国三十三箇所第22番の札所であり、山の中腹に建つ境内からは神戸の街並みを一望できます。
歴史・由来
この寺を理解する鍵は、山の名前そのものが「摩耶夫人」に由来していることです。寺の伝えによれば、大化2年(646年、和暦の検算も一致)、孝徳天皇(こうとくてんのう)の勅願(ちょくがん、天皇の願いによる建立)を受けて、法道仙人(ほうどうせんにん)がこの地を開いたのが始まりとされています。のちに弘法大師空海(くうかい)が唐(とう、中国)から帰国する際、梁(りょう)の武帝(ぶてい)が自ら造らせたと伝わる摩耶夫人の像を持ち帰り、この寺に祀ったとも伝えられます。これが「摩耶山」という山名、そして「忉利天上寺」という寺名の由来になったといいます。
長い歴史の中で幾度も焼失と再建を繰り返してきましたが、大きな転機となったのが昭和51年(1976年)1月30日未明の出来事でした。賽銭泥棒(さいせんどろぼう)による放火で、仁王門など一部を除いて境内のほとんどが焼け落ちてしまったのです。この火災のあと、寺は元の場所からおよそ1キロメートル北にある摩耶別山(まやべっさん、寺が創られたと伝わる場所)に移り、そこで再建されました。焼失を免れた仁王門は今も旧境内に残され、その一帯は現在「摩耶山歴史公園」として整備されています。今わたしたちが目にする天上寺の建物の多くは、この昭和の再建によるものです。令和2年(2020年)には、高野山真言宗から独立して「摩耶山真言宗」という新しい宗派を立て、現在に至っています。
見どころ・特徴
【仏母摩耶夫人を祀る本堂】本尊のひとつである仏母摩耶夫人尊(ぶつもまやぶにんそん)は、釈迦の生母を本尊とする日本で唯一の例とされています。本堂には極彩色(ごくさいしき)で彩られた等身大の観音像が安置され、独特の荘厳さを感じられます。
【安産祈願発祥の寺】「女人高野(にょにんこうや)・仏母の寺」の通称で親しまれ、安産祈願や腹帯の授与を日本で最初に始めたと伝わっています。
【旧境内・摩耶山歴史公園】昭和51年(1976年)の火災で焼け残った仁王門は、現在の境内から少し離れた旧境内地にあり、「摩耶山歴史公園」として整備されています。あわせて訪ねると、寺の歩んできた歴史をより深く感じられます。
【山上からの眺望】摩耶山の中腹という立地から、境内や周辺の展望スポットからは神戸の街並みと海を一望できます。
学び・特徴
主祭神
十一面観世音菩薩仏母摩耶夫人尊
社格
摩耶山真言宗の総本山。新西国三十三箇所第22番札所。
創建
大化2年(646年)、孝徳天皇の勅願により法道仙人が開いたと伝わる。のちに弘法大師空海が唐から持ち帰った摩耶夫人像(梁の武帝が自ら造らせたと伝わる)を祀ったとも伝えられる。
ご利益
安産祈願子育て
テーマ
新西国三十三箇所女人高野摩耶山眺望
この場所を巡る軸
霊場・巡礼
基本情報
住所
兵庫県神戸市灘区摩耶山町2-12
参拝時間
午前9時から午後5時まで、拝観は志納(しのう、決まった金額のないお布施)です。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
電車・バスの場合、阪神・阪急・JRいずれかの三宮駅から神戸市バス18系統に乗り、「摩耶ケーブル下」で下車します(約15分)。そこから摩耶ケーブル(ケーブルカー)とまやビューライン(ロープウェイ)を乗り継いで山上駅へ向かい、駅から徒歩約10分です。
車の場合、六甲山牧場を目標に向かうとわかりやすく、神戸市営の駐車場を利用できます。冬季の路面凍結など、季節によって道路状況が変わることがあるため、訪ねる前に最新の道路情報を確認すると安心です。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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