TabiShiri
寺 御朱印 西宮市

神呪寺

かんのうじ

別名:甲山大師、融通観音

この寺について
兵庫県西宮市の甲山(かぶとやま)の中腹に立つ神呪寺(かんのうじ)は、「甲山大師」の名で親しまれる真言宗御室派(しんごんしゅうおむろは)の古刹(こさつ)です。天長5年(828年)、淳和天皇(じゅんなてんのう)の妃であったと伝わる如意尼(にょいに)が草庵を結び、空海(弘法大師)が本尊の如意輪観音像(にょいりんかんのんぞう)を刻んだのが始まりと伝わります。新西国三十三所第21番札所。

歴史・由来

甲山の中腹に立つ神呪寺の物語は、ひとりの女性から始まります。淳和天皇(在位823〜833年)の妃であったと伝わる如意尼(にょいに)は、天長5年(828年)に宮中を離れてこの山に入り、草庵を結んだとされています。天長7年(830年)、真言宗を開いた空海(弘法大師)がこの地を訪れ、山頂にあった桜の巨木から如意尼の背丈に合わせて如意輪観音の像を彫刻したと伝わります。翌天長8年(831年)に本堂が完成し、如意尼はこのとき空海から剃髪を受けて出家しました。これが神呪寺の始まりとされています。 鎌倉時代の初め、源頼朝(みなもとのよりとも)が家臣の梶原景時(かじわらかげとき)に命じて寺を再興させたと伝わり、寺は長く栄えました。しかし戦国時代になると、織田信長が摂津の武将・荒木村重を攻めた「有岡城の戦い」に巻き込まれ、堂塔の多くが焼け落ちてしまいます。さらに豊臣秀吉の時代には寺の領地の大半を取り上げられ、苦しい時期が続きました。 それでも江戸時代に入ると徐々に復興が進み、天保11年(1841年)には本堂が再建されました。そして昭和37年(1962年)10月21日、真言宗御室派の別格本山(べっかくほんざん)に昇格する法要が営まれ、現在の寺格に至っています。平安時代の女性の祈りから始まり、戦乱をくぐり抜けて今に伝わる、甲山の信仰の歴史がここにあります。

見どころ・特徴

【秘仏・本尊の如意輪観音】 本尊の木造如意輪観音坐像は国指定の重要文化財です。ふだんは扉を閉ざした秘仏で、その姿を見られるのは毎年5月18日の「融通観音大祭(ゆうづうかんのんたいさい)」の日だけ。高さ約99センチ、6本の腕を持つ珍しい姿の仏さまで、「日本三如意輪」のひとつに数えられています。 【文化財の仁王門】 山門にあたる仁王門は文化元年(1804年)に建て直されたもので、西宮市の指定有形文化財です。二体の仁王像が参拝者を迎えます。 【山の眺めを楽しむ】 甲山の中腹という立地から、境内近くには大阪方面まで見渡せる展望スポットがあり、甲山ハイキングの休憩地としても親しまれています。 【毎月21日の大師縁日】 弘法大師の縁日にあたる毎月21日には「甲山大師祭」が営まれ、月命日として参拝する人の姿が見られます。
年中行事・お祭り
【融通観音大祭(ゆうづうかんのんたいさい)】 毎年5月18日に営まれる、本尊・如意輪観音の秘仏開帳の日です。この日だけ本尊をはじめ、寺に伝わる重要文化財の仏さまをまとめて拝観できます。 【甲山大師祭】 弘法大師の縁日にあたる毎月21日に営まれる月例の行事です。 【除夜の鐘】 大晦日(12月31日)には除夜の鐘が撞かれます。 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
主祭神
如意輪観音
社格
真言宗御室派の別格本山(べっかくほんざん)。昭和37年(1962年)10月21日に別格本山への昇格法要が営まれました。新西国三十三所第21番札所。摂津国八十八箇所霊場の一つにも数えられます。
創建
天長5年(828年)、淳和天皇の妃であったと伝わる如意尼が草庵を結んだのが始まりとされます。天長7年(830年)に空海(弘法大師)が本尊の如意輪観音像を刻み、翌天長8年(831年)に本堂が落慶しました。
テーマ
新西国三十三所秘仏甲山ハイキング
この場所を巡る軸
基本情報
住所
兵庫県西宮市甲山町25-1
参拝時間
9時から17時まで(本堂内の拝観受付・寺務所の対応は16時30分まで)。拝観料は志納(しのう=金額を定めない任意のお布施)です。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
阪急今津線・甲陽園駅から徒歩約30分。阪神本線・西宮駅または阪急神戸線・西宮北口駅から阪神バスで「甲山大師前」下車すぐ(バスはおおむね1時間に1本程度)。参拝者用の無料駐車場があります。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

記録を確認中...