この寺について
大報恩寺(だいほうおんじ)は京都市上京区にある真言宗智山派(しんごんしゅうちさんは)の寺院で、「千本釈迦堂(せんぼんしゃかどう)」の通称で親しまれています。本堂は応仁(おうにん)・文明の乱の戦火を免れ、京都市内に現存する木造建築の中でも最古級とされる国宝建築です。快慶(かいけい)一門による十大弟子(じゅうだいでし)像や、2024年に国宝に指定された六観音(ろくかんのん)菩薩像など、鎌倉時代の仏像を数多く伝えています。新西国三十三箇所(しんさいごくさんじゅうさんかしょ)第16番札所でもあります。
歴史・由来
この寺を語るうえで鍵になるのは「戦火を免れた」という一点です。大報恩寺は、寺の公式サイトによれば承久2年(1220年)に天台宗(てんだいしゅう)の僧・義空(ぎくう)によって開かれたと伝えられています(京都市上京区役所やウィキペディアでは承久3年〈1221年〉とされており、開創年には出典によって1年の差があります)。
本堂の建立が始まったのは貞応2年(1223年)のことです。棟梁(とうりょう)を務めたのは長井飛騨守高次(ながいひだのかみたかつぐ)でした。ところが高次は誤って柱を短く切ってしまいます。これを見た妻のおかめは、柱の上に斗組(ますぐみ)を足して補う方法を助言し、工事は無事に進みました。しかしおかめは、女性である自分が夫の仕事に口を出したことが知れては夫の名誉に傷がつくと案じ、上棟式を待たずに自ら命を絶ったと伝えられています。高次は妻の冥福を祈って塚を築き、これが「おかめ塚」と呼ばれるようになりました。本堂は安貞元年(1227年)12月26日に上棟式を迎えます。
この本堂こそが、大報恩寺を特別な寺にしている最大の理由です。京都は幾度も戦火に見舞われてきましたが、なかでも応仁・文明の乱(1467年~1477年)は洛中(らくちゅう)の大半を焼き尽くしました。大報恩寺の本堂はこの戦火をくぐり抜け、創建当時の姿をほぼそのまま今に伝えています。そのため京都市内に現存する木造建築のうち最古級とされ、1897年(明治30年)に重要文化財、1952年(昭和27年)には国宝に指定されました。
本堂の中には、鎌倉時代を代表する仏師たちの作品が今も安置されています。本尊の釈迦如来坐像(しゃかにょらいざぞう)は仏師・行快(ぎょうかい)の作で、そのまわりには十大弟子像や六観音菩薩像が並びます。十大弟子像は快慶一門の手によるもので、10躯のうち目犍連(もくけんれん)像と優婆離(うばり)像の2躯には快慶自身の銘が残っており、重要文化財に指定されています。六観音菩薩像は仏師・肥後別当定慶(ひごべっとうじょうけい)が貞応3年(1224年)に手がけたもので、長らく重要文化財でしたが、2024年(令和6年)に国宝へと格上げされました。
江戸時代以降、大報恩寺は新西国三十三箇所の第16番札所として、六観音菩薩像を本尊とする観音霊場の一つにも数えられるようになりました。戦乱をくぐり抜けた本堂と、そこに伝わる鎌倉彫刻の数々は、800年近い時を経た今も、訪れる人に往時の姿を伝えています。
見どころ・特徴
【国宝の本堂】応仁の乱の戦火を逃れ、鎌倉時代の姿をそのまま伝える、京都市内に現存する木造建築のうち最古級の建物です。入母屋造(いりもやづくり)・檜皮葺(ひわだぶき)の落ち着いたたたずまいを間近で見ることができます。
【快慶一門の十大弟子像】釈迦の弟子10人を写した像で、目犍連(もくけんれん)像と優婆離(うばり)像の2躯には仏師・快慶自身の銘があり、残る8躯も快慶の工房で造られたと考えられています。一体ずつ表情が異なり、見比べる楽しみがあります。
【定慶作の六観音菩薩像】仏師・肥後別当定慶(ひごべっとうじょうけい)が貞応3年(1224年)に手がけた像で、2024年に国宝に指定されました。6種類の観音がそろって伝わる例は全国でも珍しいとされています。
【おかめ伝説と阿亀桜(おかめざくら)】本堂建立にまつわる棟梁の妻おかめの伝説にちなみ、境内には阿亀桜と呼ばれる枝垂れ桜があります。おかめの像や絵馬もあちこちに見られ、春には花見の名所としてもにぎわいます。
年中行事・お祭り
【おかめ福節分会】例年2月3日ごろ、節分の日に営まれる行事です。おかめのお面をつけた人たちが福豆をまき、参拝者の一年の厄除け・無病息災を祈願します。
【成道会(じょうどうえ)法要と大根焚き】例年12月7日・8日ごろに営まれます。お釈迦さまが悟りを開いた日を記念する法要で、梵字を書いた大根を炊き込んだものが参拝者にふるまわれ、中風除け・諸病除けを祈願する京都の冬の風物詩として親しまれています。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
主祭神
釈迦如来六観音菩薩
社格
新西国三十三箇所(しんさいごくさんじゅうさんかしょ)第16番札所です。宗派は真言宗智山派(しんごんしゅうちさんは)です。
創建
寺の公式サイトによれば承久2年(1220年)に天台僧・義空(ぎくう)が開創したとされています。一方、京都市上京区役所やウィキペディアでは承久3年(1221年)創建としており、開創年には出典によって1年の差があります。本堂は貞応2年(1223年)に建立が始まり、安貞元年(1227年)12月26日に上棟しました。
ご利益
厄除け無病息災
テーマ
新西国三十三所国宝建築快慶ゆかりの仏像桜の名所
この場所を巡る軸
霊場・巡礼
基本情報
住所
京都府京都市上京区五辻通六軒町西入溝前町
参拝時間
9時から17時まで拝観できます。霊宝館(れいほうかん)の拝観受付は16時までです。境内の参拝は無料ですが、本堂・霊宝館の拝観は有料です。具体的な拝観料や行事期間中の変更については、公式サイトで事前にご確認ください。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
京都市バスで「上七軒」または「今出川七本松」下車、徒歩約3分から5分です。境内には駐車場もありますが、台数など詳細は公式サイトでご確認ください。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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