この寺について
東光院は大阪府豊中市にある曹洞宗(そうとうしゅう)の寺院で、「萩の寺」の通称で親しまれています。奈良時代に行基(ぎょうき)が創建したと伝わる古い歴史を持ち、新西国三十三箇所第12番札所、阪急沿線西国七福神の毘沙門天(びしゃもんてん)の札所としても知られます。境内には秋になると約3000株の萩が咲き誇り、北大路魯山人(きたおおじろさんじん)が名づけた庭園「萩露園」や、正岡子規(まさおかしき)・高浜虚子(たかはまきょし)の句碑もあります。
歴史・由来
「萩の寺」という通称をたどっていくと、この寺の始まりが見えてきます。寺に伝わる話では、天平7年(735年)、行基(ぎょうき、当時68歳)がこの地を訪れたとき、浜辺で風葬にされている人々の姿を目にしました。行基は人々に火葬の方法を伝え、荼毘(だび)に付された死者の霊を慰めるため、自ら薬師如来(やくしにょらい)の像を彫り、淀川の水辺に群生していた萩の花を手折って供えたといいます。これが人々の信仰を集め、浄財によって薬師堂が建てられたのが東光院の始まりと伝わります。
その後、東光院は宗派を問わず「薬師堂」として広く信仰を集めていましたが、江戸時代には曹洞宗の寺院となりました。荒れていた伽藍(がらん)は、文化年間(1804年から1818年ごろ)に弥天一州禅師によって立て直されます。大阪の両替商であった殿村平右衛門(とのむらへいえもん)・中原庄兵衛(なかはらしょうべえ)らの援助を受けて寺は再興され、薬師信仰と行基信仰を柱とする霊場めぐりの中心のひとつとして栄えました。
大正時代には、阪急電鉄宝塚線の敷設にともなって現在の場所へ移ったと寺では伝えています。大正2年(1913年)には、明治のはじめに廃社となっていた川崎東照宮(かわさきとうしょうぐう)の本地堂(ほんじどう)がこの地に移築されました。寛文5年(1665年)に建てられたこの建物は「東照閣(とうしょうかく)」と呼ばれ、川崎東照宮の姿を今に伝える唯一の建物として、豊中市の有形文化財に指定されています。
昭和に入ってからは、北大路魯山人が境内の庭園を訪れて「萩露園」と名づけ、正岡子規や高浜虚子といった俳人たちも句を残しました。今も秋になると約3000株の萩が境内を彩り、「萩の寺」の名にふさわしい風景をつくっています。
見どころ・特徴
【萩露園】
北大路魯山人が境内の庭園を訪れて名づけた「萩露園」があります。境内には約3000株の萩が植えられ、大阪府の「大阪みどりの百選」にも選ばれています。
【句碑にみる文人とのゆかり】
俳人の正岡子規や高浜虚子の句碑が境内に残されており、多くの文人に愛されてきた寺であることがわかります。
【小さな国指定重要文化財】
本堂には、寺に伝わる木造釈迦如来坐像(もくぞうしゃかにょらいざぞう)が安置されています。像の高さはわずか7.3センチメートルという小さな像ですが、藤原時代後期の作と考えられ、昭和25年(1950年)に国の重要文化財に指定されました。寺に伝わる話では、遠くインドや中国から伝わった像だとされています。
【旧川崎東照宮の建物】
境内には「東照閣」と呼ばれる建物があります。もとは寛文5年(1665年)に建てられた川崎東照宮の本地堂で、大正2年(1913年)にこの場所へ移されました。川崎東照宮の姿を伝える唯一の建物として、豊中市の有形文化財に指定されています。
【西国七福神の毘沙門天】
東光院は阪急沿線西国七福神めぐりの一つで、毘沙門天(びしゃもんてん)が祀られています。正月には多くの参拝者が七福神の色紙集めに訪れます。
年中行事・お祭り
【仁孝天皇毘沙門天王初詣】(元日から1月15日ごろ)
新年の出世開運・学業成就を祈願する初詣です。阪急沿線西国七福神の集印めぐりもここから始まります。
【節分星まつり追儺式】(2月3日)
一年の無病息災を願う節分の行事です。
【春彼岸大施餓鬼(だいせがき)法要】(3月最終日曜日)
春のお彼岸にあわせて営まれる先祖供養の法要です。
【三十三観音まつり】(5月上旬)
ふだんは公開されていない秘仏「こより観音」の年に一度のご開帳と、お砂踏み巡拝、写経会が行われます。
【盂蘭盆大施餓鬼法要】(7月7日から15日の間の日曜日)
お盆にあわせた夏の供養法要です。
【あごなし地蔵尊延命祭】(8月23日・24日)
三体一願地蔵尊のご開帳と千体仏供養が行われます。
【万灯会子どもまつり】(8月24日夕方)
子ども向けの縁日で、多くの灯りが境内を彩ります。
【萩まつり道了祭(どうりょうさい)】(9月中旬から下旬)
境内約3000株の萩が見頃を迎える、東光院いちばんのお祭りです。火渡り修行(採灯大護摩供)や秋彼岸の法要、正岡子規をしのぶ「へちま供養」、大茶会などが行われます。
【大般若会】(12月第2土曜日)
一年の締めくくりに営まれる開運厄除けの法要です。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
主祭神
薬師如来毘沙門天
社格
新西国三十三箇所第12番札所。阪急沿線西国七福神(毘沙門天)の霊場でもある。曹洞宗の中でも格式の高い「常恒会(じょうごうえ)」に位置づけられる寺院(曹洞宗別格地)。山号は仏日山(ぶつにちさん)。
創建
天平7年(735年)、行基(ぎょうき)による草創と伝わる。
ご利益
厄除け商売繁盛健康祈願学業成就
テーマ
新西国三十三箇所西国七福神花の名所
この場所を巡る軸
霊場・巡礼
基本情報
住所
大阪府豊中市南桜塚一丁目12番7号
参拝時間
拝観時間は午前9時から午後5時まで(夏季・冬季は午後4時30分に閉門)です。拝観料は通年200円(志納)で、萩の見頃となる9月中旬から10月初旬は中学生以上500円になります。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
阪急宝塚線「曽根」駅から徒歩約4分から5分。境内には参拝者用の駐車場があります(4台程度)。新大阪駅からは電車で約25分、タクシーで約20分。大阪国際空港(伊丹空港)からはタクシーで約10分です。車の場合、名神高速道路「豊中インターチェンジ」から約9分、阪神高速11号池田線「豊中北出入口」から約6分です。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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