この寺について
米沢市の東、堂森山(どうもりやま)のふもとに建つ真言宗豊山派の寺。本尊は善光寺式の阿弥陀三尊(あみださんぞん)で、「出羽善光寺(でわぜんこうじ)」とも呼ばれる。戦国時代の武将・前田慶次(まえだけいじ)が晩年を過ごした地として知られ、境内に供養塔が立つ。紫陽花(あじさい)の寺でもある。
歴史・由来
この寺を読み解く鍵は、二度の火事で記録を失いながらも、土地の記憶が語り継がれてきたことにある。
寺に伝わる話では、創建は平安時代の大同2年(807年)。善光寺の阿弥陀堂の別当(べっとう、管理役)として建てられたのが始まりだという。ただし宝暦13年(1763年)と明治26年(1893年)の二度の火事で古い記録がすべて焼けてしまい、その後の詳しい歩みは分かっていない。
それでも寺には、鎌倉時代にこのあたりを治めた長井(ながい)氏の夫妻を彫ったと伝わる坐像が残り、本尊の阿弥陀如来立像とともに山形県の指定有形文化財になっている。記録が失われても、仏像が時代を証している。
もうひとつ、この地を有名にしているのが前田慶次(まえだけいじ、本名は前田利益=まえだとします)である。「傾奇者(かぶきもの)」と呼ばれた戦国の武将で、上杉景勝・直江兼続に従って米沢へ移り、晩年をこの堂森で暮らしたと伝わる。屋敷は「無苦庵(むくあん)」と名づけられ、近くの住民や友人を招いて月見を楽しんだという。境内には慶次の供養塔が立ち、毎年6月に供養祭が営まれている。
見どころ・特徴
【前田慶次供養塔】境内に立つ供養塔。毎年6月に供養祭が営まれ、慶次を慕う人が各地から訪れる。
【木造阿弥陀如来立像】通称「見返り阿弥陀如来」。山形県指定有形文化財。
【木造伝長井時広夫妻坐像】鎌倉時代にこの地を治めた長井時広(ながいときひろ)夫妻を彫ったと伝わる坐像。山形県指定有形文化財。
【無苦庵跡・慶次清水・月見平】寺の周辺に残る前田慶次ゆかりの場所。無苦庵跡には土塁と堀の跡が残り、慶次清水はいまも農業用水として使われている。月見平はひょうたんのような形をした平地で、慶次が人を招いて月を眺めたと伝わる。
【紫陽花(あじさい)】境内に紫陽花が植えられ、「万世(ばんせい)のあじさい寺」とも呼ばれている。
年中行事・お祭り
【前田慶次供養祭】例年6月4日。境内の供養塔の前で慶次をしのぶ法要が営まれる。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
主祭神
阿弥陀如来
社格
真言宗豊山派。山号は松心山(しょうしんざん)、院号は光照院(こうしょういん)。木造阿弥陀如来立像(見返り阿弥陀如来)と木造伝長井時広夫妻坐像が山形県指定有形文化財。
創建
大同2年(807年)の創建と伝わる。宝暦13年(1763年)と明治26年(1893年)の火災で記録を失い、詳しい沿革は不明。
テーマ
あじさい
基本情報
住所
山形県米沢市万世町堂森375
参拝時間
拝観できる時間と料金について、公式の案内が見当たりませんでした。訪ねる前に寺へ直接お問い合わせください。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
JR米沢駅から車で約10分。駐車場があります。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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