この寺について
京都御所のすぐ東にある、浄土宗(じょうどしゅう)の大本山です。一般には「浄華院(じょうけいん)」とも呼ばれます。寺伝では、平安時代の貞観(じょうがん)2年(860年)、清和天皇(せいわてんのう)の願いを受けて慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)が宮中に開いたのが始まりとされます。のちに法然上人(ほうねんしょうにん)にゆかりの寺となり、法然上人二十五霊場の第23番札所になっています。
歴史・由来
この寺を理解する鍵は、「宮中の道場から始まり、皇室とともに歩んできた寺」という点にあります。
【宮中の道場として】寺伝によれば、貞観2年(860年)、清和天皇の願いにより、天台宗の慈覚大師円仁が宮中に道場を建てたのが始まりです。清らかな蓮の花のように清浄な修行の場、という意味をこめて「清浄華院」と名づけられたといいます。
【法然上人の寺へ】承安(じょうあん)5年(1175年)に法然上人が浄土宗を開くと、後白河法皇(ごしらかわほうおう)は上人を宮中に招きました。そして、上人が宮中に来るときの宿にしていたこの寺を上人に与え、ここから浄土宗の寺になったと伝わります。
【皇室とのつながり】室町時代には、第十世の等凞(とうき)上人が称光天皇(しょうこうてんのう)から深く信頼されました。浄土宗の僧として初めて、高い位の僧が着る香衣(こうえ)を許されています。
【戦乱と移転】応仁(おうにん)元年(1467年)の応仁の乱で建物は焼けてしまいました。その後、天正(てんしょう)年間(1573年から1592年)に、豊臣秀吉の京都の町づくりによって今の寺町広小路へ移りました。江戸時代には皇族の墓所が設けられ、泣不動尊(なきふどうそん)への信仰で大いににぎわいました。
見どころ・特徴
【大殿(御影堂)】境内でいちばん大きな建物で、明治42年(1909年)に建て直されました。法然上人が42歳のときに自ら彫ったと伝わる若々しい姿の像を祀っています。
【泣不動尊】大殿の西側の壇には、江戸時代に信仰を集めた「泣不動尊」が祀られています。師の身代わりになろうとした弟子を救うため、不動明王が涙を流したという言い伝えがあります。
【法然上人御骨塔】大殿の前の五輪塔には、法然上人のご遺骨が納められています。
【大方丈の阿弥陀三尊像】平安時代の後期に作られたと伝わる阿弥陀三尊像が祀られています。
【不動堂】平成23年(2011年)に建て直されたお堂で、不動明王坐像を本尊とし、安倍晴明(あべのせいめい)の像なども祀られています。
【地蔵堂】「染殿地蔵(そめどのじぞう)」の名で親しまれ、安産や子育ての仏さまとして信仰されています。
【東門】延宝(えんぽう)4年(1676年)の棟札が残る、境内でいちばん古い建物です。
年中行事・お祭り
学び・特徴
本尊
法然上人
宗派・寺格
浄土宗 大本山(八総大本山・京都四箇本山の一つ)/法然上人二十五霊場 第23番
創建
寺伝では貞観2年(860年)、清和天皇の勅願により円仁が宮中に開いた。承安5年(1175年)に法然上人に与えられ、浄土宗の寺となった。
テーマ
霊場・巡礼法然上人二十五霊場
この場所を巡る軸
霊場・巡礼
基本情報
住所
京都府京都市上京区寺町通広小路上る北之辺町397
アクセス
市バス「府立医大病院前」下車すぐ。地下鉄烏丸線「今出川駅」から徒歩約10分。
公式サイト
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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