この寺について
真言宗智山派の寺院で、山号は光明山(こうみょうざん)、院号は正覚院(しょうかくいん)。武蔵野三十三観音霊場の第22番札所であるほか、武蔵野七福神の弁財天、関東八十八ヶ所霊場第73番も兼ねる。丹党(たんとう)加治氏の菩提寺として鎌倉時代から続く古刹で、国指定重要文化財の板碑(いたび)を所蔵する。
歴史・由来
円照寺を理解する鍵は、鎌倉武士・加治氏(かじし)の厚い信仰と、その歴史を今に伝える板碑(いたび)にある。
伝承によれば、元久2年(1205)、二俣川の戦いで討ち死にした父・加治家季(かじいえすえ)の菩提を弔うため、子の加治家茂(かじいえもち)が円照上人を開山として迎え、円照寺を建立したという。一方、入間市の資料では康元元年(1256)に真言宗の寺院として創立されたとされており、創建の年代には複数の伝えがある。いずれにしても、円照寺は武蔵七党の一つ・丹党に属した加治氏代々の菩提寺として、鎌倉時代から今日まで法灯を伝えてきた。
境内には、建長6年(1254)から応安元年(1368)にかけて造立された40基を超える板碑が伝わり、そのうち6基が国指定重要文化財に指定されている。中でも、鎌倉幕府滅亡の際に一族とともに討ち死にしたと伝わる加治家貞(かじいえさだ)の菩提を弔うために建てられた板碑には、禅僧・無学祖元(むがくそげん)の言葉が刻まれており、激動の時代を生きた武士の信仰のあり方を今に伝えている。
学び・特徴
主祭神
阿弥陀如来
社格
武蔵野三十三観音第22番
創建
諸説あり。元久2年(1205)、加治家茂が父・家季の菩提を弔うため円照上人を開山として建立したとする伝えと、入間市の資料による康元元年(1256)創立説がある。
テーマ
板碑パワースポット
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霊場・巡礼
基本情報
記念メダル
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参拝記録
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